学校で巻き起こった謎に迫る『学園ミステリーアンソロジー 放課後推理大全』/編者・大矢博子氏による解説を特別掲載!
何気ない、それでいて輝かしい青春の舞台となる「学校」。『学園ミステリーアンソロジー 放課後推理大全』(朝日文庫)は、そんな学校で発生した不可解な事件を取り巻く物語を編んだ短編集。日常の中で起きた些細な異変から、人の生死にかかわる不穏な事件まで、バラエティ豊かな作品が勢揃い。城平京、友井羊、初野晴、米澤穂信、有栖川有栖、金城一紀、栗本薫各氏7名の力作を収録しています。
本作の刊行にあたり、数多くの時代小説やミステリーのアンソロジーを手掛けてきた編者・大矢博子氏による解説全文を特別公開いたします。
学校――と聞いて何を連想するだろうか。
時代の変化は目まぐるしく、試験の形も、授業の科目も、学生の在り方も、10年も経てば変わってしまう。思い浮かべる景色は人によって違うだろう。けれど変わらないものもある。学校という場所が自分の生活の大部分だった、あの感覚。部活に熱中したり、友だちとうまくいかなくて悩んだり、肥大した自我をもてあましたり。子どもから大人へ変わる途中の、社会と隔絶された期間限定のひととき。
社会に出るまえの成長途上にあるからこそ、頭脳だけで勝負の純粋な論理パズルから、いかに生きるべきかを問うような青春の痛みまで幅広く扱えるのが学園ミステリーの魅力だ。
本書では高校が舞台の作品を4作、大学ものを3作セレクトした。楽しい知恵比べからシビアな問題まで、部活の事件から学生運動まで、幅広く揃えたつもりである。中にはかなり前の時代を描いたものもあるので、時代によって変わる学生の雰囲気も味わっていただけることと思う。
なお、7作中6作が、シリーズものや連作短編集の中の一編であることをお断りしておく。そのため、紹介のない人物や知らないエピソードが唐突に出てくることがあるが、作品を楽しむのに支障はないはずだ。だがもし興味を持たれたら、ぜひ親本に手を伸ばしていただきたい。学生は学び、成長し、変化する。本書の収録作はその変化の途中である。シリーズや連作を通して読むと、各収録作の印象がより鮮やかになるはずだ。
城平京「岩永琴子は高校生だった」
――2019年6月『虚構推理 スリーピング・マーダー』講談社タイガ
私立瑛々高校ミステリ研究部部長の天知は、部員を増やすために一年生の岩永琴子を勧誘することを決める。彼女は校内で特別扱いされている存在で、彼女が入れば少なくとも廃部は逃れられると踏んだのだ。しかし、部長の命を受けた部員の小林が岩永に声をかけると、彼女は立ち所にその意図を見抜く。のみならず……。
のっけから、やや掟破りのセレクトである。本作は独立した短編ではなく、長編『スリーピング・マーダー』の第一章なのだ。だがこれ単体で成立している優れたミステリであるとともに、ミステリファンが思わずにやにやしてしまう会話の応酬、そしてこれぞ学園ミステリーという設定に、どうしても選びたかったのである。
岩永の背景や思わせぶりなラストが気になった方はぜひ『スリーピング・マーダー』をお読みいただきたい。岩永琴子とパートナーの桜川九郎が主人公を務める「虚構推理」シリーズはアニメやコミックでも人気が高く、小説は現在長編・短編集あわせて6冊が刊行されている。
友井羊「カトルカールが見つからない」
――「小説すばる」2013年5月号/『スイーツレシピで謎解きを〜推理が言えない少女と保健室の眠り姫』集英社文庫
クラスメートから人探しを頼まれた菓奈。手がかりは制服と「ゆう」という名前だけ。吃音症に悩む菓奈にとって、知らない人に声をかけて話を聞かねばならない人探しは恐怖しかなく、いったんは断ったが……。
人と会話することが苦手な菓奈が、スイーツ大好き男子・真雪の力を借りて校内の事件を解決する連作からの一編である。どの話も美味しそうなスイーツと、その蘊蓄やレシピがたくさん登場して、食欲が刺戟されることこの上ない。しかもそのレシピが謎解きにかかわってくる。ただ美味しそうなだけの話ではないのだ。
だがこの作品の核は、菓奈の吃音症にある。吃音のせいで周囲との間に壁を作っていた菓奈が、事件を通して少しずつ変わっていく過程が読みどころだ。吃音とはどのようなものなのかも詳しく描写される。もしもあなたが吃音を「緊張でうまく話せない」くらいに思っているなら、ぜひ本作をお読みいただきたい。
初野晴「アスモデウスの視線」
――2011年7月『初恋ソムリエ』KADOKAWA→角川文庫
顧問が学校に来なくなり、指導者を失って混乱する吹奏楽部。どうやら彼の担任クラスで月に三度も行われた席替えが関係あるらしい。頻繁な席替えはいったい何のためだったのか?
吹奏楽部の穂村千夏と上条春太のコンビが学校内外の謎を解く、青春部活ミステリーの「ハル・チカ」シリーズの1作。本作では他校に乗り込んでの推理だ。思わず吹き出してしまうほどノリのいい台詞回しが特徴のシリーズだが、事件の背景には社会問題や病気、障害、差別など、シビアな現実が横たわっていることが多い。そのため事件自体は日常の謎であっても、真相がわかったあとの始末は高校生の限界を超えることもある。学園ミステリーには珍しいスタンスと言える。人生は学校だけで完結するものではなく、この先社会に出ていくのだという著者の思いが込められているのだ。
本シリーズもアニメや映画、コミックになっており、人気の高さが伺える。2024年5月現在、シリーズ五巻とスピンオフ短編集『ひとり吹奏楽部』(角川文庫)が刊行されている。
米澤穂信「ない本」
――「小説すばる」2018年8月号/『本と鍵の季節』集英社文庫
高校で図書委員を務める堀川と松倉のもとに、3年生が「本を探してほしい」と言ってきた。自殺した同級生が図書室の本に何かを書いた便箋を挟んでいた、と。遺書ならば探してやりたいと言うのだが……。
変化球のビブリオミステリーとでも言おうか、装丁やサイズなど、あやふやな手がかりから本を絞り込んでいく過程がとても楽しい。本好きなら当たり前に知っていることでも、一般にはそうではない――というのはどんな趣味にも言えることかもしれない。
しかしそれで終わらないのが米澤穂信。意外な方向から飛んでくる真相と、その後に残る苦味をじっくりと堪能してほしい。本作の醍醐味は「真相」よりもその先の「推測」にある。事実はひとつでも、それをどう捉え、どう解釈するかは人の数だけあるのだ。賢しらに謎を解いて悦に入るのが名探偵ではない、というテーマは著者の「小市民」シリーズ(創元推理文庫)に通じるものがある。
有栖川有栖「瑠璃荘事件」
――「メフィスト」2000年9月号/『江神二郎の洞察』創元推理文庫
試験対策用の講義ノートがなくなった。持ち主は、同じ下宿の望月が盗んだと信じて疑わない。望月が所属する推理小説研究会の面々は仲間の無実を証明すべく、関係者に話を聞く。しかし下宿生の中で動機や機会があるのは望月だけで……。
ここからは大学生ものだ。本作は英都大学推理小説研究会の江神二郎を探偵役に、後輩の有栖川有栖が語り手を務める「学生アリス」シリーズの一作。2000年の作品ではあるが、舞台となっているのはそれより昔、1988年である。携帯電話やネットはまだなく、学内で自由に煙草が吸えて、学生が大家さんの家の二階に下宿するという文化があった時代だ。アリバイ崩しを主眼とする本作の謎解きも、そういった時代ならではのもの。若い読者には新鮮で、当時を知る世代には懐かしい1作となっている。
「学生アリス」のシリーズは本作が入っている短編集のほかに長編が4作刊行されている。
金城一紀「永遠の円環」
――「小説現代」2000年9月号/『対話篇』新潮文庫、角川文庫
ガンで余命幾ばくもない大学生の「僕」は、死ぬ前にどうしても殺したいやつがいた。自殺した憧れの先輩の仇を討ちたいのだ。しかしこの体では病院を抜け出すこともままならない。そこで見舞いに訪れたKに訳を話し、協力を仰いだ。するとKは……。
このアンソロジーで唯一、シリーズや連作ではない独立した短編である。そしてここで初めて、本書に殺人事件が登場する。しかし殺人の犯人やトリックを解き明かす類のミステリではない。本作のポイントは、実は「僕」とKは顔見知り程度の付き合いだという点にある。なぜKはさして親しくはない「僕」のもとを訪れたのか。死にゆく「僕」がKの正体を知って何を思い、どう変わったかを味わっていただきたい。
金城一紀はデビュー単行本の『GO』(角川文庫)で直木賞を受賞、青春小説を主に手掛けている。
栗本薫「伊集院大介の青春」
――「小説現代」1985年6月号/『伊集院大介の私生活』講談社文庫
70年安保闘争に大学が揺れていた1968年が舞台。機動隊の導入や学生の立て籠もりなどの混乱の中で、活動に熱心だった女子学生が学生会館の4階から転落死した。だがそのとき伊集院大介は、何者かの緑色の手が彼女を突き落とすのを見ていた――。
前出の「瑠璃荘事件」は80年代後半だったが、これはさらに古い、昭和中期の大学生である。学生運動が最も盛んな頃で、講義らしい講義はなく、学生が大学側や警察とぶつかって検挙される事件も相次ぎ、1969年には東京大学の入試が中止になった。本作にもアジビラや決議文といった、若い読者には馴染みのない単語が頻出する。今とはまったく異なる、半世紀以上前の大学の空気を感じていただけることと思う。
栗本薫は『ぼくらの時代』(講談社文庫)で1978年に江戸川乱歩賞を受賞。その後、本作の伊集院大介を探偵役とするシリーズを中心に本格ミステリーを多く発表。ミステリー以外にもSFや時代・伝奇小説、ボーイズラブ、百巻を超えるヒロイック・ファンタジー『グイン・サーガ』など多方面で活躍した。2009年逝去。