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かつてウォークマン、ゲームボーイで世界中を驚かせた日本が失った「創造性」を取り戻すために必要なこと

 人類に大きな変革をおこした発明の源には、常に「数式」があります
 欧米企業の特にリーダー層は、たとえ自身は数学が苦手であっても、現場の人たちに数学的な説明を求め、数式から理解しようとする姿勢があります。一方、日本では、文系と理系のようにはっきり住み分けてしまいがちで、自分の担当ビジネスに人工知能・機械学習・データサイエンスがどう活かせるか発想するための理系的リテラシーを持つ文系リーダー層が少ないという課題があります。
 大手金融機関でクオンツ(金融工学や統計学などの数式を駆使して金融市場の分析や予測を行う専門家)、データサイエンティストとして働く冨島佑允さんは、それは非常にもったいないことだと話します。著書『東大・京大生が基礎として学ぶ 世界を変えたすごい数式』(朝日新聞出版)から、冨島さんが考える数式の魅力や、なぜ数式を「読む」能力が必要なのか、その理由を、一部抜粋・改変して紹介します。
(タイトル画像:aliyoussefi / iStock / Getty Images Plus)

 日本はかつて、ウォークマンやゲームボーイなど、世界のだれも考えつかなかった製品を生み出して世界中を驚かせていました。けれども、いつしかその創造性を失い、今では他国から製品を買って使うことが多くなっています。新しいものを生み出せない、ゼロをイチにできない国は、いつしか世界から忘れ去られるのではないかと心配になります。

 かつての創造性を取り戻すには、どうすればよいでしょうか?

 カギは“数式読解力”にあります。“数式読解力”は私の造語で、数式を通じて物事の本質を見抜く力のことを指します。創造性は、本質を見抜く力から生まれます。本質とは、物事を動かしている隠れた法則のことです。

 ゼロからイチを生み出した人たちは数式を読み解く力を持っていて、数式と仲良くなることで世界を変えてきました。数式は創造性の源泉で、そこから何かを生み出せるのは数式読解力を持った人間です。つまり、

 数式読解力=創造性

 なのです。

 毎日のニュースを見ていると、現代の創造性は数式が担っていることがとてもよくわかります。

 たとえば、宇宙ロケットの進む方向の計算には、カルマンフィルタやパーティクルフィルタという名前の統計学の数式が応用されています。自動運転車は「ベイズの定理」と呼ばれる数式を使って状況を判断しながら走ります。

 空中を飛び回るドローンが、その姿勢を一定に保つために、どのプロペラをどれだけ回せばよいかという計算には微分積分の数式が使われています。ヒトの心臓の鼓動のテンポや回数は、数学の一分野である「カオス理論」の数式に従っていることがわかっており、こうした法則性に気付けたからこそ人工心臓の研究にもつながっています。

 数式と親しくなることが、創造性への扉を開きます。とは言っても、小難しい数式を自分で解けるようになる必要はありません。重要なのは解き方のテクニックではなく、数式に秘められた物事の本質を見抜く力です。

 数式はそもそも人間の思考を助けるためのツールであり、根本の発想は非常に直感的です。根本の発想さえ理解すれば、数式は怖くありません。本書が数学力ではなく、あえて"数式読解力"をテーマにしているのは、そういった根本の発想に光を当てた説明に意を尽くすためです。

冨島佑允(とみしま・ゆうすけ)/クオンツ、データサイエンティスト。多摩大学大学院客員教授(専攻 ファイナンス ガバナンス)。1982年福岡県生まれ。京都大学理学部卒業、東京大学大学院理学系研究科修了(素粒子物理学専攻)。 MBA in Finance (一橋大学大学院)、 CFA 協会認定証券アナリス ト。大 学院時代は欧州原子核研究機構(CERN)で研究員として世界最大の素粒子実 験プロジェクトに参加。修了後はメガバンクでクオンツ(金融に関する数理分析の専門 職)として各種デリバティブや日本国債・日本株の運用を担当、ニューヨークのヘッジファンドを経て、 2016 年より保険会社の運用部門に勤務。 23 年より多摩 大学大学院客員教授。著書に『日常にひそむ うつくしい数学』(小社)、『数学独習 法』(講談社現代新書)、『物理学の野望――「万物の理論」を探し求めて』(光文社新書)などがある。(撮影/写真映像部・佐藤創紀)

 私は、数学を駆使して金融市場を分析する「クオンツ」という仕事をしています。主な仕事内容は、統計学や人工知能を使って株などに投資を行い、お金を上手に増やしていくことです。

 あるとき、仕事の成果を米国のグループ会社役員に説明する機会があったのですが、想定をはるかに超えるほど突っ込んだ専門的な質問をシャワーのように浴びせかけられ、面食らいました。というのも、役員クラスからそこまで数理的で専門的な質問が来るとは想定していなかったからです(念のため補足すると、その役員は投資の専門家ですが、数式は苦手です)。

 結局、与えられた時間では質疑応答が終了せず、その後もメールや書面でのやり取り、追加のミーティングなどを通じて理解を深めてもらいました。

 この体験で、私はスペースXやテスラなど世界的に有名な企業の敏腕経営者として名高いイーロン・マスク氏の逸話を思い出しました。

 彼が宇宙企業のCEOになったとき、現場までやってきてはエンジニアたちに根掘り葉掘り技術的な質問を浴びせかけたそうです。そして最終的には、マスク氏自身がロケット工学の専門家と名乗れるほどの専門知識を身に付けたと言われています。

 質疑応答や追加のミーティングをしたからといって、その役員が私の投資戦略に使われている数式を自力で解けるようになったわけではありません。ただ彼は、私が提案した投資戦略の本質を理解するために数式にチャレンジし、実際に理解したのです。

 日本の数学教育では、公式を当てはめて正確に計算する練習をたくさんやらされます。しかし、数式がだれのどんな思いから生まれ、世の中でどう役立っているのかわからないまま計算練習だけさせられるのは、ほとんどの人にとっては苦行です。多くの学生は数学をつまらないと感じてしまうのではないでしょうか。

 でも、それではとてももったいない!

 数式を作るのも使うのも人間です。そして数式は、私たちが物事の本質を見極めるためのレンズとして役立ってくれる、私たちにとって欠かせないものであり、可能性を秘めた興味深い存在だということを感じるきっかけになってほしい、そういう願いをこの本に込めています。

 自分が数式を解けるようにならなくてもよいのです。本当に不足しているのは、数式メインの仕事をする人ではなく、その意義を理解し支援してくれる人だという話もあります。

 最近、ある大手外資系企業の営業部長と話す機会があったのですが、日本企業では、社内の文系人材と理系人材を結びつける「橋渡し役」がいないことが、データや最新テクノロジーの活用で世界に大きく遅れている一番の理由になっているそうです。

 理系人材が技術やアイデアを持っていても、実現させるために協力が必要な他の部署にそれを理解できる人がおらず、コミュニケーションをサポートしてくれる「橋渡し役」もいない。結果として、せっかくのアイデアがビジネスにつながらないことがめずらしくないといいます。

「橋渡し役」には知識が必要だと思う人も多いでしょう。でも実は、数式が使えなくても、理系の技術者や研究者たちの説明を100%理解できなくても、そのアイデアを聞いてみようという関心さえ持てれば、橋渡しはできます。アイデアの背後にある、たくさんの数式の存在に思いを馳せる。このアイデアが実現すれば、数式がフル稼働しはじめて、まだ見ぬモノ・コトが生み出される未来を想像する。それだけでわくわくしませんか?

 数式の魅力を知ったあなたは、もしかしたら、社内の文系人材と理系人材の「橋渡し役」になったり、社外のIT企業やフィンテック企業なども巻き込んでアイデアを形にしていく「ひとり」になるかもしれません。“数式読解力+調整力”はビジネスチャンスにつながります。イノベーションが求められる現代にこそ、数学の視点は重要なのです。

 数式を理解するコツは、見た目の複雑さにひるまず、「その数式が表している物事の本質は何なのか」という点に集中することです。数式のささやき、数式がつむぐ物語に耳を傾けてください。クリエイティブな数式の世界への旅は、もう始まっているかもしれません。