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学校や会社に合わないなら我慢しない!「予測できない生き方」こそ創造的で希望的だという根拠

 学校や会社など、「組織」に合わないという人がいる。どうしても、合わない人のほうが肩身が狭くなりがちだが、「探究型学習」の第一人者である矢萩邦彦さんは、著書『自分で考える力を鍛える 正解のない教室』(朝日新聞出版)の中で「そのような人こそ希望的である」と断言していいる。なぜ、そう断言できるのだろうか。本から抜粋して紹介したい。
(タイトル画像:francescoch / iStock / Getty Images Plus)

矢萩邦彦著『自分で考える力を鍛える 正解のない教室』(朝日新聞出版)
矢萩邦彦著『自分で考える力を鍛える 正解のない教室』(朝日新聞出版)

 現在広く受け入れられている仮説に、宇宙はおよそ138億年前に起こったビッグバンという大爆発で生まれたというものがあります。しかし、一点の爆発からはじまったとすれば、それはひたすら均一に拡散して冷めていくはずで、原子同士が出会うこともなく、それではぼくたち人間はおろか、星や銀河も生まれません。

 ぼくたちの存在を肯定することは、どうやら現代の科学だけでは難しそうです。

 では、どうして星やぼくたちは誕生したのでしょうか? 古代ギリシャの哲学者エピクロスは、原子をはじめあらゆるものは法則通りに振る舞うのではなく、自ら逸れていくと考えました。それを「偏倚」といいます。つまり、予測できない、変な動きをするということです。

 予測不可能ということは、すでに法則の必然性や絶対性を否定しています。これは科学には最初から限界があるという考えかたです。偶然や例外が必ず存在するというわけです。

 さて、「偶然」変な動きをした原子は引力の波を起こします。別の原子とくっついたり、お互いに作用したりして「組み合わせ」が生じます。気が遠くなるほどの時間それを繰り返した果てに、「偶然」ぼくたちは誕生したということです。

 つまり、法則に従わずに遊ぶ原子が世界をつくったのです。従わずに法則から逸れた原子から宇宙が誕生し、地球や人類が誕生したという考えは、ぼくにはとても希望的に感じます。逆説的に考えると、原子がキチッと法則通りに動いていたら、この宇宙も地球も、当然ぼくたちも存在しなかったことになります。

 これを、もうすこしスケールダウンして、現代社会に置きかえてみると、組織や制度に従って動いたのでは、ぼくたちは何も生み出せないかもしれない。慣習を疑い、習慣を変えることは創造的です。いつもと違うことをすれば、いつもと違う結果になる確率は上がります。

 だとしたら、従わないという選択には意味があります。学校や会社に合わないなら我慢しないで飛び出してみる。それは、結果を予測できないぶん希望的でもあります。

 だいたい組織や制度のなかにいる人は、外側をこわがります。分からないことは不安なんです。そのうえ挑戦できない人は、他人の挑戦もはばみます。自分で考えて自分で決めて飛び出したのなら、新しい世界の扉が開かれ、何かが生まれるかもしれません。

矢萩邦彦(やはぎ・くにひこ)
「知窓学舎」塾長、実践教育ジャーナリスト、多摩大学大学院客員教授。大手予備校などで中学受験の講師として20年勤めた後、2014年「探究×受験」を実践する統合型学習塾「知窓学舎」を創設。実際に中学・高校や大学院で行っている「リベラルアーツ」の授業をベースにした『自分で考える力を鍛える 正解のない教室』(朝日新聞出版)を3月20日に発売

(構成:教育エディター 江口祐子/生活・文化編集部)