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「メロスだからOK」という編集者から校正者への指摘とは…ネットで大反響呼んだエッセイストが初の書籍化作業の裏側を告白!

 高校生のときに経験した風変わりな“結婚生活”の授業など、学生時代の同級生や教師、身近な人たちとの何気ない日常をユーモアたっぷりに綴ったエッセイがネット上で注目を集めた潮井エムコさん。22万超の「いいね」を集めた「学生結婚と子育て」(※初出時「女子高生の私が学生結婚した話」)などを収録した、初の著書『置かれた場所であばれたい』(朝日新聞出版)は、何もかもが初めての経験となった書籍化作業だったという。そこで、特に印象に残っていることを聞いた。

※前編よりつづく

――あらためて、本をつくってみての感想を伺えますか。

潮井エムコ(以下、潮井):いつかプロの人に自分の文章を読んでもらって、足りないところを指摘してもらえる機会があればいいなとは思っていたので、それが叶ったのはとてもうれしかったです。まさか本を出すことになるとは思っていませんでしたが……。

 書籍化作業のなかで色々とご指摘をいただいたんですけど、まるで隠してたテストの答案用紙を親に見つけられたような気分でした(笑)。

 執筆した当時はもうそれ以上表現が思い浮かばなくて、「ここはもうこんな感じでいいかな」と出してしまったところを見逃されないんです。

 例えば、ある動詞を使ったときに「もっと“この気持ち”だと読者に的確に刺さる言葉にしてほしい」というような指摘が来る。それをうんうん唸って、ベストな表現に変えていく。それがすごく貴重な経験でしたし、これからまた書くものもレベルアップさせられるかも、と思っています。

ゲラに添えられたイラスト

――作業中、印象的だったことはありますか?

潮井:収録エッセイを決める際、最初に提案されたエピソードは意外でしたね。何が入るのか予想していたというわけではないんですけど、エッセイについて改めて誰かから意見を貰うというのが初めてだったので、「これが選ばれるんだ!」って。

 ただ、私が公開しているエッセイは、重い話もあれば本当にくだらない話もあり、収録するバランスによって、読者の方に届く印象が全く変わってしまうんです。

 初めに提案されていた構成案は、どちらかというと重い話が多めで。私としては暗い部分を全面に押し出すのは違うかなあと、少し違和感があったんですよね。ふざけている私も、本当の私なので。

 なので、収録エピソードのバランスをどうするか、読んだ方にどう伝わるのか、というところで少し時間をかけてお話しすることはありました。

――初めての作業で、大変なこともあったのでは?

潮井:元々ウェブで公開していたものは横書きで、改行も多かったので、最初は縦書きに違和感があって苦戦しました。

 でも、Wordでの原稿修正の作業を終えゲラにする段階で、デザイナーの脇田あすかさんからのご提案で本文のフォントをゴシック体にしてもらったんです。ゴシック体になったことで、私の文章のもっている雰囲気とのズレというか、ミスマッチ感がなくなって、作業もはかどりました。

 あとは、作業中にこのゆるめのフォントと私のくだらない話に、綺麗な字で校正者さんが指摘を入れてくださるのが、ちょっとシュールで面白かったな。私の手元へゲラが届いた時には、校正者さんと編集者の指摘が入った状態だったので。

 校正者さんは日本語のスペシャリストなので、まっとうなことしかおっしゃらないんです。私のどんなくだらない文章も、それはそれとして受け入れて、ただ「日本語的にはここ間違いですよ」「この表現はこういう時には使われませんよ」「このオノマトペは敢えてですか?」とか、まじめな指摘を入れてくださる。この温度感が面白すぎて、面白恥ずかしい。

 特に覚えているのは、私が人生初の家出をしたときのことを書いた「4歳の家出」という話の一部分。『走れメロス』を意識して「かの邪知暴虐の母から逃げねばならぬと決意した」と書いたんです。

 そこに、校正者さんから「邪知暴虐“な”の方が日本語的に良いのでは?」という指摘が入って、さらにそこへ、編集さんが「ママOK。メロスなので」と一言添えていたのは、思わず笑っちゃいました。「メロスなので」ってなかなか見る言葉じゃないから(笑)

校正者からの的確な指摘に対して返す言葉がない編集者と著者

――インパクトのある書名『置かれた場所であばれたい』はどのように決まったのでしょうか。

潮井:これはなかなか決まらなくて……。最終的には、担当編集さんが考えた案で決まりました。

 タイトルが決まるまでは他の作業もなんとなく手探りで、どこに何を据えたらいいのか悩む場面も多かったのですが、名前が決まるとすべてがしっくりきたんです。「この本はきっと『置かれた場所であばれたい』って名前になる本だったんだ」という気持ちになりました。やはり名前は、自分でつけるより貰った方がいいですね。

 私は「つけてもらった名前のようになるぞ」と目指していった方がいいものになる気がしていて。私が出した案もあったけど、『置かれた場所であばれたい』になってよかったです。

潮井エムコ『置かれた場所であばれたい』(朝日新聞出版)
潮井エムコ『置かれた場所であばれたい』(朝日新聞出版)

――書籍の表紙には、あばれているようにも見える女性のイラストがあしらわれていますね。

潮井:そうなんです。表紙を含むデザイン関連は、基本的に編集さん、デザイナーさん、イラストレーターの大津萌乃さんにお任せしていました。

 最初だけ、「こういう感じで……」というざっくりとしたイメージをお伝えしたのですが、あとは出来上がってきたものを「最高です! それでお願いします!」と。おかげで良いものができたと思っています。

 書店にたくさん本がある中で、この1冊を手に取ってもらえるって、めちゃくちゃ難しいと思うんです。よく名前を見かける作家さんであるとか、芸能人がおすすめしていた、とか様々なきっかけがあって手が伸びると思うんですが、私の場合、超無名。

 イラストやデザインの視覚的な力って大きいと思うので、はじめましての方に手に取っていただけるきっかけとして、デザイナーさんやイラストレーターさんの力にかなり助けてもらっているのではないかと感じています。

 女の子のイラストの周りには、収録しているエッセイにまつわるアイテムが描かれています。読んだ後にもう一度よく見ると「これはあの話の!」と気づくような仕掛けになっているので、ぜひそこも楽しんでもらいたいです。

(取材・文=大谷奈央)

潮井エムコ
1993年4月1日生まれ。2021年より、noteにてエッセイの執筆を開始。「つらいときほど尻を振れ」をモットーに、日々エッセイをしたためている。