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「学校に行く意味も勉強する意味も分からない」という子どもたちに知ってほしいこと

「学校に行く意味がわからない」「勉強する意味がわからない」。子どもたちのこのようなつぶやきにあなたなら何と答えますか? 「そんなこと言ってはダメ」「わからなくてもやるもの」と言ってしまうのではないでしょうか。「探究型学習」の第一人者であり、著書『自分で考える力を鍛える 正解のない教室』(朝日新聞出版)の中でリベラルアーツを学ぶことをすすめる矢萩邦彦さんに、同じ質問を投げかけてみた。
(タイトル画像:francescoch / iStock / Getty Images Plus)

矢萩邦彦著『自分で考える力を鍛える 正解のない教室』(朝日新聞出版)

 学校に行きたくないという中高生に理由を尋ねると、圧倒的に多い回答が「学校や勉強の意味が分からない」というものです。意味が分からないとは、どういうことでしょうか?

 これは内容が分からないのではなくて、学校へ行くことや勉強が自分にとってどんな価値やメリットがあるのか分からない。いいかえれば、自分の現在や未来とどう関係するのかが分からないということです。

 たとえば、猫を飼っている人にとって、猫の飼い方や習性を学ぶことは明らかに関係がありますよね。そんなふうに共通するキーワードがあれば分かりやすいのですが、学校に行くことや勉強は、なかなか自分の趣味や将来の夢とは具体的に重ならないかもしれません。

 関係が分からなければ、自分のなかで優先順位が下がってしまうのは当然です。では、ぼくたちにとって関係ないことは存在するのでしょうか?

 一見関係ないもの、関係ないと思われていることに関係性を見つけ、対角線を引く。そのことをぼくは編集と呼びます。

 ぼくの父親は口数の多い人ではありませんでしたが、あるときふと「世界は網の目みたいなもんだ」と言ったんです。気づいていないだけで、もともと全部つながっているというんですね。それを聞いたときに、頭のなかでバーッと網の目のイメージが広がって視界に重なったのを鮮明に覚えています。

 ぼくたちは知識や経験をもとに、関係があるとかないとか感じています。多くの場合、アリストテレスのような先人たちによる分類や体系を基準に関係性を判断しているわけですが、それは一つの視点にすぎません。では、新たな関係を見つけるにはどうしたらよいでしょうか? 

 たとえば、ニュートンが落ちたリンゴを見て万有引力の法則を発見したのは偶然ではありません。ずっとそのテーマを頭に置いて、一見関係ないことを学んだり、日常のなかで観察したりしていたからこそ、未知だった関係に気づけたはずなのです。

 同じ世界に存在している以上、直接的であれ間接的であれ、必ず関係はあります。あなたとぼくだって必ず関係があります。もちろん、読者と筆者という関係もありますがもっと前から関係があったはずなんです。

 たとえば、あなたの家系図を考えてみましょう。両親は2人ですよね。祖父母は4人です。では、曾祖父母は何人ですか? 8人ですよね。このあたりから先はあまり考えたことがないと思いますが、あなたの4代前には16人の先祖がいたことになります。5代で32人、6代で64人……。10代では1024人になり、20代では104万8567人! 23代で838万8608人にもなるのです。

 室町時代の日本の人口が818万人という記録がありますから、単純計算で当時の人口を上回ってしまいます。縄文時代の人口は2万人程度だったと考えられていますから、もはやあなたとぼくが完全な「他人」だと考えることのほうが難しいのではないでしょうか。

 ちなみに人間とチンパンジーの遺伝子は98.5%を共有していて、おそらく先祖は同じですが、人間とバナナも50%以上の遺伝子を共有しています。そう考えると、関係ないものなんて存在しないのかもしれません。であれば、ぼくたちが気づいていないだけで、あらゆるものごとには意味が潜んでいるといえます。

矢萩邦彦(やはぎ・くにひこ)
「知窓学舎」塾長、実践教育ジャーナリスト、多摩大学大学院客員教授。大手予備校などで中学受験の講師として20年勤めた後、2014年「探究×受験」を実践する統合型学習塾「知窓学舎」を創設。実際に中学・高校や大学院で行っている「リベラルアーツ」の授業をベースにした『自分で考える力を鍛える 正解のない教室』(朝日新聞出版)を3月20日に発売

(構成:教育エディター・江口祐子/生活・文化編集部)