「この人と話すと気持ちいい」と思われる“想像力”の鍛え方
ラジオの音楽番組では、本番前に、オンエアする楽曲リストがディレクターから渡されます。
1990年代半ば、「ビジュアル系」と呼ばれるロックバンドがブームでした。そして正直に明かすと、そのころ新人だった私はビジュアル系と呼ばれる音楽をあまり好きになれないでいました。
その日の曲目リストには、とあるビジュアル系バンドの曲が入っていました。
「ああ、新曲なんですね、へえ」
自分では努めていつもどおりに振る舞っていたつもりでしたが、気のない感じが出てしまっていたのでしょう。そのディレクターにこんなことを言われました。
「自分の好き嫌いを持つことはもちろん大事だけど、世の中には自分が嫌いなものを好きな人が大勢いるということを、いつも覚えておいたほうがいいよ」
それが、DJとしての最低限の心がけだと教わりました。
「今日は雨ですね」
そのことひとつを伝えるのにも、無限の方法があります。
「雨が降って憂鬱(ゆううつ)ですね」
それが本音だったとしても、そのまま言うことがベストではありません。「いいえ、うちはようやく雨が降ってくれてバンザイです」という農家の方もいらっしゃいます。
では、どう言い換えましょうか。たとえば、
「先日、買い物から帰っている途中、品物を紙袋に入れてもらったんですけど、ゲリラ豪雨に降られて紙袋がびしょぬれ。ああ、あの角を曲がれば家に着く、いける!と思った瞬間に、ズサーッ!と豪快に底が抜けたんですよ。その気持ちたるや!」
そんな自分の体験エピソードとして語り、一緒にひと笑することで、「あるある」「わかる」と気持ちの共有面積が広がります。
これはラジオに限った話ではありません。普段の会話でも、苦手なものに対して、「雨、嫌いなんですよ」と直感的に思ったままを言うのは、心地よい会話にはプラスに働きません。「雨が降って私はこんなことがありましたが、あなたは?」と、いかにポジティブな方向で語れるか。そして相手の価値観にも耳を傾けられるか。
自分が苦手なものに対して、ただネガティブな発言をするだけでは、相手の「好き」を気づかずに否定してしまうことにもつながります。その代わり、180度違う視点に立って、世の中にはいろいろな人がいる、ひとりひとりの「好き」と「苦手」は必ず違うということを、どれだけ想像できるか。「この人と話すと気持ちいいな」「なぜか会うと元気になる」と感じる人は、想像力が豊かで、ハッとするほど人としての余裕と優しさを感じます。
そして、その想像力を鍛えるには、やはり場数を踏むのが最も手っ取り早く、効果的です。
例えばゴミ出しの際にバッタリ顔を合わせたご近所さんでも、病院の待合室で一緒になった話し好きのおばあちゃんでも、タクシーの運転手さんでも、世の中のいろいろな立場の人と「蒸し暑くなりましたね」でもいいので、一言でも言葉を交わしてみましょう。「この人の言い方、素敵だな」「その言い方はちょっとムッとするな」と、良い例・悪い例にたくさんふれてみるのです。
たくさんの人とかかわって言葉を交わし、自分にはない違った価値観を知るたびに、人間はより魅力的に、そして優しくなっていくのだと思います。
(編集協力/長瀬千雅)