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チャンス大城 ブラジャーのホックを作っていたおとんとサイトウと神父さんへの懺悔

 お茶の間の記憶に残る男としてTV出演急増中の芸人・チャンス大城(本名:大城文章)さん。そんなチャンス大城さんが自らの半生を赤裸々に語り下ろした『僕の心臓は右にある』(2022年7月刊、朝日新聞出版)から、ブラジャーのホックを作っていたおとんと、同級生のサイトウとのエピソードを一部抜粋、編集して紹介します。(写真:朝日新聞出版 写真映像部・東川哲也)

大城文章著『僕の心臓は右にある』(朝日新聞出版)
大城文章著『僕の心臓は右にある』(朝日新聞出版)

 僕の実家のこともお話ししたいと思います。

 僕の家は、2階建てのまあまあ普通の家でした。1階に台所とひと間。2階に2間と、小さな勉強部屋がひとつ。そこに、両親と姉貴と兄貴と僕の5人で暮らしていました。おとんは隣の伊丹市にある工場で働いていて、おかんは地元の老人ホームで働いていました。

 おとんはいつも寝不足の久米宏みたいな顔をしていて、工場でブラジャーのホックを作っていました。おとんの工場はわりと大きくて他のものも作っていたようですが、おとんの部署はブラジャーのホックを専門に作っている部隊だと言っていました。

「ワシが日本の女性の胸を守ってるんや」

 これが、酔っぱらった時のおとんの口グセでした。

 一度、夜勤明けの時間におとんの工場を見学に行ったことがあるのですが、おとんは本当にブラジャーのホックを作っていました。ガッチャンガッチャンとプレス機が動くたびに、ピカピカ光るブラジャーのホックがどんどん出来上がるのです。

 同級生のサイトウとは、家の前でよく遊びました。

絵:チャンス大城

 尼崎はものすごくのら犬の多いところで、ある日、いつものように家の前でサイトウと遊んでいると、口に鉄の輪っかをはめた犬が通りかかったのです。

「すごい犬やなー」

 たぶん、人を噛まないように鉄製のくつわをはめられているのです。

 次の日、やっぱり家の前でサイトウと遊んでいると、また、鉄のくつわの犬が通りました。

 サイトウが言いました。

「あの犬、どうやってご飯食べるんやろ」

 僕たちはくつわの犬の後をつけることにしました。

 犬は僕の家の前をスタスタと通り過ぎると、近くの路地に入っていきました。おばちゃんがくつわの両脇にある鍵をかちゃりと外して、犬に水とご飯をあげています。

「あー、そういうことやったんか」

 サイトウと僕は感心しながら、その様子を眺めていました。

 その頃も、おとんは夜勤の仕事をしていました。

 昼間、つまり勤務時間外のおとんはとても神経質で、部屋に太陽の光がちょっとでも入ると眠れないと文句を言います。

「ワシ、真っ暗やないと眠れんのや」

 そこで、おとんは昼間から雨戸を閉めて眠っていました。そうすると、自分の手も見えないくらい、部屋の中が真っ暗になるのです。

 おとんが雨戸を閉めて眠り始めると、間もなく猛烈なイビキが聞こえてきます。

「ウェーイっ、ウェーイっ、ウェーーーーイっ」

 まるで、外野を守っている野球選手のかけ声みたいです。しかも、部屋の外まで聞こえてくるほどの大音量です。

「ウェーイっ、ウェーイっ、ウェーーーーイっ」

 ある日、例によってサイトウと家の前で遊んでいると、またくつわをはめた犬が通りかかりました。すると、何を思ったのか、サイトウがくつわの犬に飛びついて捕まえてしまったのです。

「サイトウ、なにすんねん!」

 僕があっけにとられてると、サイトウは、(ハトヤのマグロ少年のように)くつわの犬を胸に抱きかかえたまま、僕の家の玄関に入っていきます。そして、おとんが寝ている二階の部屋を目指してまっしぐらに階段をのぼっていきました。

「サイトウ? 何してるんや。サイトウ?」
「この犬、入れる」

 サイトウはおとんの部屋の引き戸をスッと開けると、犬のくつわをカチッと外して犬を真っ暗な部屋の中に放り込んで、引き戸をスッと閉めました。

「ウェーイっ、ウェーイっ、ウェっ!? うぎゃーーーーーーーーーーっ!!」

 サイトウが引き戸を開けると、犬が飛び出してきて階段をかけ降りていきました。

 続いておとんが部屋から飛び出してきました。左目の上が血だらけです。

「おい、この状況を教えてくれ!」

 おとんはサイトウの胸倉をつかむと、叫びました。

「おい、状況を説明しろーーーーーーーーー」

 サイトウが正直にすべてを告白しました。

「凶暴な犬のくつわを外してお父さんの部屋にいれたので、たぶんその犬がお父さんの顔面を噛んだんだと思います」

 おとんが、いきなりサイトウのことを殴りました。隣にいた僕のことも殴りました。

 おとんにゲンコツで殴られたのは、生まれて初めてのことでした。

絵:チャンス大城

 それから1週間ほどして、教会の懺悔の日がやってきました。

 懺悔というのは、自分が犯してしまった罪を神父さんに包み隠さず告白し、神様の許しを得て、人生の方向を修正してという企画です。

 大城家が通っていた教会では、年に1回、決められた日に、家族ごとに懺悔をするのが恒例になっていました。

 懺悔の当日、家族そろって教会に出かけて行くと、やがて大城家の順番が回ってきました。

 懺悔室のドアを開けると、部屋の中に小窓のついた箱みたいなものがあって、その箱の中に神父さんがいます。神父さんは小窓を開けて、信者ひとりひとりの懺悔を聞いてくださるのです。

 トップバッターは僕でした。

「あなたの悪い行いを言いなさい」

 僕はサイトウと一緒におとんの部屋にのら犬を入れたことを正直に告白しました。

 するとなぜか、小窓がパカっと閉まりました。

「神父さん、神父さん?」

 小窓が開くと、神父さんはなぜか後ろを向いて、ぶるぶる震えて笑いをこらえているようでした。

 2番目はおとん、ご本人の登場です。

 おとんは声が大きいので、待機している僕たちの方まで声が響いてきます。

「あのー、あのねー、先日、夜勤やってまして、あのー、昼間寝てたら、息子がね、凶暴なのら犬を捕まえてきて、僕が寝てる部屋にね、入れたんですね。で、その凶暴な犬がね、寝てる僕の顔を噛みまして、顔面が血だらけになりまして、息子を殴ってしまったんです。ここ噛まれた後なんですけど、神父さん見えますかねー、ここ、ここ、ここね」

 また小窓がパカッと閉まる音がしました。

「あれっ、神父さん? どうされました? 神父さん、開けて」

 おとんが声をかけると、小窓がパカッと開く音がしました。

「は、話の続きをどうぞ」
「ほんでね、あのー、息子を殴ってしまってね……」

 パカッと小窓が閉まります。

「神父さん、聞いてます? 神父さん、開けて。あ、け、て!」

 やがておとんが、僕らのところに戻ってきました。

「神父さん、開けてくれへんねん」

 心配になった僕たちは、神父さんが入っている箱のドアを開けました。すると神父さんは箱の隅に寄りかかって、息ができないぐらい痙攣しているのでした。

 おとんが叫びました。

「フミアキ、救急車や、救急車呼べ!」

 神父さんが、苦しそうに言いました。

「もう、ゆ、許してください」