太田和彦が呑んだ“東京” 江戸っ子は「粋」を気取るが酒には弱い、東京居酒屋の魅力とは?
【東京】江戸っ子の飲み方
人口も都市規模も格段に大きな首都東京は日本一の居酒屋都市だ。特色は、長い歴史をもつ古い店が特に下町にたくさんあること。その反対に最も新しいスタイルの居酒屋があること。そして日本各地の地酒を並べた銘酒居酒屋が多いこと。それはブランド好きゆえで、東京の客は酒にうるさく、知ったかぶりの一家言が多い。
そのうえで特徴は、あまり料理料理しない小粋な肴をよろこぶ。せっかちな江戸っ子は注文したものがすぐに出てこないと機嫌が悪く、料理に凝るよりは味のはっきりした明快なものがいい。小鉢の簡単な肴でかけつけ三杯をキューッとやるいなせな「粋」を信条とし、飲むスタイルを気にするのが東京流で気取って飲む。しかし口ほどにもなく酒は弱く、三本も飲めば寝てしまい、長尺勝負の秋田あたりにはとてもかなわない。江戸っ子は口では勝つが酒では負け、東北人は口は負けるが酒では勝つ。
さらに東京は日本中の郷土料理が集まっており、それは日本中から来ている地方出身者に故郷の味や人情を提供するためでもあるが、地方都市の名店が東京で勝負してみたいと出店するからでもある。それは世界規模にもふくらんで各国スタイルの酒場もいくらでもある。それゆえ食材はありとあらゆるものがそろい、料理人はいくらでも腕をふるえる。
では東京で飲めばどこに行く必要もないかと言えば、断固それは違う。逆説的だが「東京ではない所で飲んでいることが、酒をうまくする」。地方の息吹や人の声、季節感の肌ざわりは、そこに行かなければ決して味わえない。その山に登ろうと思ったらそこに行くしかないのと同じで、この本の主旨もそこにあると理解いただきたい。
ここ数年の東京の居酒屋傾向は、都心の盛り場を離れた住宅地に、大人を相手に高水準の酒料理を提供する郊外型上等居酒屋の増加だ。若い客相手のダイニング居酒屋と、大人相手の本格派の併存といえよう。
もう一つの特筆は、東京には伊豆諸島など南の果てまで離島が連なること。走る車は品川ナンバーだ。離島は台風などでひとたび交通が途絶えれば、食料調達も病人も妊婦もすべて島内で解決する自立心があり、それゆえ独自の食材調理が発達する。また狭い島内ゆえ、むやみに反発し合うことのない協調心をもち、海を渡って人が来てくれるのがうれしく、来島者を温かくもてなす気持ちがある。私はいろんなイベントやキャンプで何度も訪ね、そのたびに島の人々と交流を重ねた。幾年か前、本格的に八丈を知ろうとながく滞在して書いた6編(『ニッポンぶらり旅 可愛いあの娘は島育ち』集英社文庫所収)は思いのこもった内容になった。
八丈島はかつて飢饉対策で米による酒醸造は禁じられていたが、1853年、流罪された薩摩藩人により薩摩芋による焼酎製造が教えられ、それまで酒のなかった島人にうるおいをもたらした。八丈島には今も4つの酒造所がある。さらに南の青ヶ島で原初的製法を守る「青酎」はカビくさい香りがいわば焼酎のブルーチーズ。絶海の孤島の秘酒は特製くさやチーズにぴったり合う。
【太田和彦さんオススメの東京の名店】
東京の名店は紹介しきれないが、ここでは江戸=東京の気風を残す「東京らしい=東京以外では似合わない」老舗四店と離島の一店を紹介しよう。