見出し画像

「義足エンジニア」「お菓子のサブスク」「コンビニ弁当開発者」なかった仕事を“なりたい仕事”に変えた3人の物語

 なりたい自分になるのは難しい。やりたいこと、好きなことを仕事にするのはなおさら。それでも子どもには夢を持って欲しいと思う。そこで、子どもたちに夢を与えられそうな3人の話を紹介したい。自分で生み出した仕事や、かつては存在すらしなかった仕事に向き合う、3人のプロたちへのインタビューだ。2022年8月に発売された『なりたい!が見つかる お仕事図鑑』(朝日新聞出版)から、一部を抜粋・改編してお届けする。

『なりたい!が見つかる お仕事図鑑』(朝日新聞出版)
『なりたい!が見つかる お仕事図鑑』(朝日新聞出版)

■競技用義足や、ロボット技術に関わる開発・研究を行っている遠藤謙さん

 遠藤謙さんは、慶應義塾大学大学院で二足歩行ロボットについて研究したのち、マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学。そこで、人間の身体能力の解析や義足の開発の研究に出合う。帰国後、Xiborg(サイボーグ)を設立。プロダクトエンジニア、義足エンジニアとして、アスリートのための競技用義足を開発しているほか、乙武洋匡さんがロボット義足を装着して歩行にチャレンジする「OTOTAKE PROJECT」にも取り組んでいる。

遠藤謙さん。障がいが理由で、やりたいことをあきらめなくていいように、テクノロジーの力でサポートしている

――義足エンジニアとはどのような仕事ですか。

 名前のとおり「義足に関わるエンジニア」のことです。義足を作る仕事に「義肢装具士」がありますが、義肢装具士は切った足にはめ込む装具を作って組み立てる人。これに対して義足エンジニアは義足のパーツを作る仕事です。義足を必要とする人は、人によって足の切断面や形がちがうので、特殊なパーツを使って装着しなければなりません。このパーツを作るのが義足エンジニアです。

――この研究をはじめたきっかけはどんなことでしたか。

 ぼくはもともと「アシモ」のような二足歩行のロボットの研究をしていたんです。それがあるとき、高校時代の後輩が骨肉腫という病気になって足を切断しなければいけなくなった。彼をはげまそうと、二足歩行のロボットに乗り、自分で操縦して足の代わりに歩く研究も進んでいると話したら、「ぼくは自分の足で歩きたいんだ」と言われてしまって……。

 それまでのぼくが行っていた研究では「自分の足で歩きたい」という彼の思いに応えられないことに気づき、ロボット義足研究の第一人者であるMITメディアラボのヒュー・ハー教授のもとで学ぶため、アメリカのマサチューセッツ工科大に留学しました。

――義足のほかにどんなものを作っているのですか。

 ぼくは昔からバスケットボールが好きで、高校のときはバスケットボール部に所属していたんですが、その経験もあり、最近、バスケットボールのシューティングマシンを作りました。バスケットボールってシュート練習をしようと思うと、投げたボールをいちいち拾いにいかなきゃいけないので、一人で練習をするのが難しいんです。でも、シューティングマシンを使えば、シュートしたボールが勝手に戻ってきてくれるので一人でも効率よくシュート練習ができます。

 バスケットボールをする人ならだれでも魅力に感じるマシンだと思いますが、特に車椅子バスケの選手は、どうしても通常の選手よりも移動に時間がかかってしまうので、これを使うことでロスタイムを大幅に減らせるはずです。これからも、こんなふうに使い手がよろこんでくれるものづくりを続けていきたいと思います。

■日本のお菓子を毎月定期便にして世界の人に届ける会社を作った近本あゆみさん

 近本あゆみさんは、早稲田大学を卒業後、株式会社リクルートに就職。2015年に日本のお菓子を定期便にして世界の人に届けるサービス「TOKYO TREAT」を提供する株式会社ICHIGOを設立し、代表取締役CEOを務める。現在は和菓子や雑貨もラインアップに加え、世界180カ国の人々に届けているという。

近本あゆみさん。社員の約8割が外国人だから、職場でも会議でも当たり前のように英語と日本が飛び交っている

――海外向けにこのサービスをはじめたきっかけはなんですか。

 大学時代に友人が起業していて、私もいつか会社を立ち上げたいと思いながら、会社員として働いていました。そんなとき、仕事の帰りに外国人観光客が日本の商品を大量に買って帰る、いわゆる「爆買い」をするのを見て、日本の商品の人気にあらためて気づいたのがきっかけです。

 当時、国内向けの通販事業の仕事をしていたこともあって、「海外向けに日本の商品を通信販売すれば、絶対に売れるんじゃないか」と思い、会社を作ることを決めました。

――どうしてお菓子を売ることにしたのですか。

 海外向けにどんな商品を売ろうか?と考えたとき、日本に観光に来た外国の人が必ず買うものが「お菓子」だったんです。当時すでに日本のお菓子を海外に届けるサービスはあったのですが、どれも海外の会社がやっていて、日本のお菓子じゃないものがまざっていたり、海外でも買える商品が多かったり。お菓子好きの私としては、これを「日本のお菓子」だと思ってほしくない、日本の文化をきちんと伝えたい、という気持ちがどんどん強くなり、お菓子のサブスク事業をはじめました。

毎月届けるボックスはこんな感じ。お菓子や商品の選定、ボックスに付けるマガジンのチェックも近本さんの仕事だ

――なぜ「サブスク」だったんでしょう。

 サブスクと言えば、日本では動画配信サービスなどの印象が強いですが、アメリカでは「サブスクリプション・ボックス」といって月や年ごとに決まった料金を支払えば、毎月商品が入ったボックスが届くサービスがとても人気なんです。お菓子は食べればなくなるし、毎月ちがうお菓子、それも日本でしか手に入らない特別なお菓子が届いたら絶対に楽しいし、うれしいなと思ったんです。それにサブスクだと毎月どのくらい商品が必要になるかも予想しやすいんです。

――海外で一番人気のお菓子はなんですか。

 桜味やさつまいも味などの期間限定商品や、日本酒味のチョコレートなど、日本らしいものが人気ですね。あとは、ずんだ味やたこ焼き味など、地域限定の商品も好評です。「TOKYO TREAT」を利用してくださる方は、日本や日本の商品が好きというお客さまが多いので、ボックスにはお菓子の由来などがわかるマガジンをつけたりして、日本のよさをより伝えられるように工夫しています。

■コンビニ「ローソン」で販売される商品をゼロから生み出し食卓に届ける北村憲祐さん

 北村憲祐さんは1991年生まれ。大学の理工学部を卒業後、2014年に株式会社ローソンに入社。大阪の店舗で2年働き、店長を務めた後、営業部での営業経験を経て中部地区の商品部に所属された。そこで3年経験を積み、21年に東京本社へ。商品本部デイリー・厨房部マーチャンダイザーとして、「お弁当」の開発を担当している(取材当時)。

北村憲祐さん。どうやったら商品がもっと売れるかを考えて、半年から1年先の販売メニューを企画している

――就職先をローソンに決めた理由はどんなことですか。

 ぼくはもともと理系で、大学も理工学部に進学して機械工学について学んでいました。就職活動のときに、今まで学んできた分野に近い自動車メーカーも視野に入れていたのですが、自分には向いてないと思う気持ちもあって。これがやりたい!と思えることが明確になかったので、就職してからやりたいことを選んでいけるように、仕事の幅があるコンビニエンスストアへの就職を決めました。

――商品開発で一番楽しいことはなんですか。

 やはり、自分の考えたアイデアを形にすることができるところです。アイデアを生み出すのは、楽しい反面とても大変ですが、お店に並んだ商品がお客さまのもとに届き、おいしい!と食べてもらえるとやっぱりうれしいですし、すごくやりがいを感じます。会社員ながら、「なにかをゼロから作り出す仕事」ができているのは、すごくやりがいがあるなと思っています。

――どのような商品の開発に関わっているのでしょうか。

 今は、1年間に約10品のお弁当の開発を担当しています。その中でも、もっとも人気が出た商品は、お客さまアンケートを参考に半年以上かけて開発した「これが弁当シリーズ」の「のり弁」です。

北原さん開発「これがのり弁当」。お客さまの声や世の中の流行に合わせてアイデアを出す。使う材料や仕入れ先も決める

 日持ちするように、電子レンジで温める冷蔵用お弁当にして、具材サイズも大きくし、タルタルソースやしょうゆは、レンジで一緒に温まらないように、ふたにつける形に変えました。いろいろ工夫をした結果、価格は少し高くなったのですが売り上げは2倍になりました。お客さまが求めているものに応えられたようで、とてもうれしかったです。冷蔵商品に切り替えて日持ちがよくなったことで「食品ロス」も減り、SDGsの観点からも、いい商品開発ができたと思っています。

――今後やってみたい挑戦はありますか。

 多くの人に食べてもらえるような商品を作りたいと思っています。一緒に商品開発をしている先輩が、爆発的な人気を得た「悪魔のおにぎり」を開発した人で、その商品が名刺代わりになっているので、ぼくも、そんな自分を代表するような商品が作れたらと思っています。

*  *  *

「なりたい職業」や「将来の夢」を探す第一歩は、世の中にどんな仕事があるのかを知ることだ。それでも見つからなければ、自分で仕事を作ればいい。3人のインタビューは子どもたちに、そう教えてくれる。

(構成/生活・文化編集部 上原千穂)