大谷翔平がアメリカの「野球少年の母」にとことん好かれる理由
■助手席に顔写真
内装業を手がけるスティーブ・スミスさん(45)は、2010年からライトスタンドの年間予約席を買い続ける熱心なエンゼルスファンだ。自宅から球場まで約1時間ドライブして、2021年はエンゼル・スタジアムでのホームゲームをほぼ全て生で観戦した。
そんなスミスさんが、「これまでの人生で最も熱狂している」と言うくらい入れ込んで応援しているのが大谷だ。エンゼルスの主砲であるマイク・トラウトでさえ「大谷ほど興奮させてはくれない」と話す。
「メジャーで投手としてやっていくだけでも、とんでもなくしんどいのに、打者としても毎日出場するなんて想像を絶する。もう二度と見られないかもしれない。だから欠かさず生で見るつもりです」
球場に行く時は、大谷の顔写真パネルを車の助手席にくくりつけていた。いかついスミスさんの横に巨大な「大谷」が浮かぶ。そんな異様な光景に驚いた通りがかりの人に写真や動画を撮られることもあったそうだ。
「家族によくからかわれますよ」と笑って話す。
「私の枕の上に大谷の顔写真パネルを置かれたりします」
スミスさんは、大谷のファンになった瞬間を鮮明に覚えている。大谷がメジャー公式戦デビューした2018年3月29日だ。
長男タイラーくんの11歳の誕生日プレゼントで、敵地オークランドでの開幕戦を見に行った。オープン戦で不振だった大谷にあまり期待はしていなかったが、試合前の打撃練習を見て驚愕した。
「15本くらい連続で柵越えするんですよ。しかも500フィート(152メートル)以上、飛んでいたように見えました。『こいつは何者なんだ!』と興奮しました。息子も私も目の前の光景が信じられなかった。二人とも一瞬でとりこになりましたよ」
■強迫観念さえ感じる
大谷の野球カードや、球場で入場者に配布される大谷グッズを集め始めた。敵地での試合も、大谷が打席に立つと、家族でテレビで食い入るように見る。故障や不振に苦しむ大谷を他のエンゼルスファンが批判するたびに、「健康だったらすごいんだ」と言い返した。
けがが完治してシーズンを通しての二刀流が期待されていた21年は、初日から大谷のユニホームを着て球場に通った。大谷は、そんなスミスさんの想像をはるかに上回る活躍を見せた。
同年5月6日のレイズ戦では、大谷の第10号本塁打を、持参したグローブでキャッチした。その歓喜の瞬間をとらえた映像は、エンゼルスのハイライト動画の一部として繰り返し球場で流された。それを見る度に興奮がよみがえったという。
「あんなに幸せな気分は人生で幾度と味わえません。あれ以来、大谷のホームランを捕ったり偉業に居合わせたりするチャンスを逃したくない、という強迫観念さえ感じています」
スミスさんの席があるライトスタンドは、大谷がよくホームランを打つので、いつも混んでいると言う。
「大谷が打席に立つたびに、いつも動画を撮っています。周りのファンもみんなカメラを向けます。トラウトもすごいですが、あまりにそつがないところが逆につまらないと感じることもあります。大谷の場合、ピッチャーもしているのに、毎回、単なるヒットではなく一発を狙っています。だから面白いんです。観客がみんな固唾(かたず)をのんで見守り、スイングするたびに歓声が上がったりため息が漏れたりします。あんな光景は見たことありません」
スミスさんも、クラブチームで野球をする息子にとって大谷は良いお手本だと話す。
「野球は『失敗のスポーツ』です。だから感情をコントロールして、次のプレーだけを考えるよう息子に教えてきました。大谷の振る舞いは本当に素晴らしい。あれだけ活躍できる理由の一つです。大谷が怒っている姿を私は見たことがありません。心の中でどう思っているかは分かりませんが、それを出しません。失敗してもすぐに気持ちを切り替えるのが誰よりも上手です」
唯一の不満は、大谷がトラウトなどと比べて近寄り難いところだと言う。
「野球だけに集中したいのは分かります。でも、もう少しファンと交流してほしい。トラウトのように、ホームゲームでも時間をとって子どもたちにサインなどをしてくれたらいいなと思います」
「通訳を通してしか話を聞く機会がないので、彼の性格や人格があまり伝わってきません。例えば、フィールドの外では、どんな人なのか。コメントも当たり障りがないですし」
それでも、スミスさんは大谷に魅了されている。
「彼は何年に一人などという選手ではありません。これまで見たことのない存在なんです。おそらくどんなポジションでもこなせるでしょう。『ショートを守れ』と言われてもできると思います。それだけすごいアスリートなんです」
「さすがに21年のような活躍は、もう難しいと思います。でも、その予想が外れることを願っていますよ」
■野球少年の母が語る大谷
エンゼルス本拠地から車で1時間くらいの砂漠の町アップルバレーに住むウォーカー・ムーアくん(14)は、熱心な野球少年が集まるクラブチームに所属している。メジャーリーグでプレーするのを目標に、チーム練習がない日も、投球と打撃の個人レッスンを受けるか、裏庭に作ったケージで父親と欠かさずトレーニングに励んでいる。
そんなウォーカーくんが憧れの野球選手として挙げるのが、ドジャーズのムーキー・ベッツとトレイ・ターナー、エンゼルスのトラウト、そして大谷だ。
「大谷はとにかく化け物です。ベーブ・ルース以外に、あんなにバッティングもピッチングもできる選手はいません。練習や試合に対する意識の高さは素晴らしいです」
それでいて、常に楽しそうにしているのも魅力的だと言う。
「大谷がイチローと(フィールドで)会った時に、あいさつをしに行っていた姿が印象に残っています。とても楽しそうに話をしていました」
クラブチームの仲間とも大谷について話すという。
「大谷のセンター方向への打ち方とか、打つ時の後ろ足の使い方とかについてです。僕はツーストライクと追い込まれた時、大谷の(前足を上げずに打つ)真似をしています。振り遅れないで素早くスイングするためです」
ウォーカーくん以上に、大谷に魅了されているのが、母ジェニー・ムーアさん(46)だ。ニュースで大谷が取り上げられるたびに、自身のフェイスブックのタイムラインにシェアしている。自身も本格的にソフトボールをやっていたムーアさんは、大谷はウォーカーくんにとって理想のロールモデルだと熱く語る。
「翔平はとても謙虚で野球を愛しているのが伝わってきます」とムーアさん。「野球に人生をささげ、徹底的なトレーニングを積んでいるので、難なくプレーしているように見えます」
何より「立ち振る舞いが素晴らしい」と言う。
「野球を見るのは好きですが、スター選手のうぬぼれた態度は見ていられません。選手としての価値を下げます。その点、翔平は見ていてすがすがしいです。……試合前のウオームアップに、通訳やトレーナーなんかと出てくると、とても気さくな感じに見えます。インタビューに答える時も、いつも笑顔です。常に楽しんでいるように見えます」
「自分のいる立場や環境を受け入れ、それを楽しみ、感謝の気持ちを忘れない。大金を手に入れてうぬぼれて、ありがたみを忘れてしまう選手もいますから。判定が気に食わないからといって、審判に失礼な態度をとるなんて許されません」
■大谷の動向を追いたい
「翔平は特大ホームランも打ちますが、三振することもあります。でも、かんしゃくを起こしたり、バットをたたきつけたり、審判をにらみつけたりはしません。とてもありがたいことです。ウォーカーに教えようとしていることですから」
「三振することもあれば、エラーすることもあれば、間違った判定をされることもあります。でも気持ちを切り替えなければ、次のプレーに影響してしまいます。翔平は冷静に受け止め、対処しているように見えます。もしかすると、冷静でいられるよう教えられてきたのかもしれない。日本の文化は、この国の文化とは違うはずですから。なので、そこから他者への敬意が生まれているのでしょう」
ウォーカーくんにも、良い選手になる以上に、感謝の気持ちを忘れないでほしいと話す。
「周りのさまざまなサポートの上に成り立っているからです。もちろん本人の努力もありますが、当たり前だと思ってはいけない。コーチやチームメート、対戦相手、審判に敬意を持って接するべきです。そうでなければ、プレーする資格はありません」
エンゼルスの大ファンだというムーアさんは、大谷を初めて見た時から、特別な選手だと感じたと言う。トラウトにも、ここまでの思い入れを感じたことはないそうだ。
「ウォーカーの言うように、翔平は『怪物』です。一般的な日本人男性の体格ではありません。背が高くて、手足が長く、とにかく大きな選手です。物腰や態度を見ても、文句のつけようがなく輝いています。トラウトは素晴らしい選手ですが、翔平のように動向を追いたいと思ったことはありません」
大谷の二刀流での活躍も、いくつものポジションをこなす息子の姿と重なる。
「ウォーカーはあらゆる役割をこなせます。ピッチャー、キャッチャー、外野、内野など、置かれたポジションで常に全力を尽くします。『このポジションは嫌だ』と言う子どももいますが、なんでもやってみるべきです」
「翔平の二刀流は素晴らしいことだと思います。二刀流ができる可能性を持った若い選手はたくさんいると思います。でも前例がなかったので、試すことすら避けられてきた。でも翔平ができることを証明したので、もっと挑戦する選手が出てくると思います」
(在米ジャーナリスト・志村朋哉)