ようこそ!「光る君へ」時代考証者が解き明かす古典世界へ…千年以上前の人々が命より大事にしたものとは?/『平安貴族の心得』を立ち読み
■はじめに 御遺誡とは何か
御遺誡と呼ばれる史料がある。遺言(天皇の場合は遺詔)とは異なり、多くはまだ元気なうちに、訓戒を子孫や門下などの後人に遺したものである。山本眞功編註『家訓集』(東洋文庫)によれば、皇族・公家から、中世以降は武家、さらに近世以降には商家や農家の遺訓も遺されている。良源の遺した『慈恵大師自筆遺告』のような僧の遺誡もある。
遺誡を遺した人物の置かれた時代、また置かれた立場によって、さらには遺誡を伝えるべき子孫の立場によって、その内容は様々である。それらの立場を考えながら、いったいその人は何を子孫に遺そうとしたのかを考えることは、なかなか興味深い問題である。
この本では、嵯峨太上天皇が仁明天皇に遺した『嵯峨遺誡』(の逸文)、宇多天皇が譲位にあたって、敦仁親王(後の醍醐天皇)に遺した『寛平御遺誡』、後世に菅原道真に仮託されて偽作された『菅家遺誡』、醍醐天皇が寛明親王(後の朱雀天皇)に遺した『延喜御遺誡』(の逸文)、また藤原師輔が子孫に遺した『九条右丞相遺誡(九条殿遺誡)』といった平安時代の五つについて、各遺誡の原文に返り点を付けたものと、本文を現代語訳したものとを掲示し、それぞれ遺誡を遺した人物の時代、また立場、さらには子孫の立場を考えたい。
遺誡を考えることによって、平安時代の皇位や摂関の継承、また時代相について、表面的な政治史からでは窺い知ることのできない深層に迫ることができるのではないかと考えるのである。
なお、現代語訳の基となった原文および訓読文、また注は、『寛平御遺誡』『菅家遺誡』『九条右丞相遺誡』については山岸徳平・竹内理三・家永三郎・大曾根章介校注『古代政治社會思想』(日本思想大系、遺誡は大曾根章介校注)を使用し、原文を山本眞功編註『家訓集』(東洋文庫)と適宜比較した。『嵯峨遺誡』『延喜御遺誡』の逸文については、これらを引用した各史料によっている。また、各史料の写真版も購入して、これを参照した。
■平安貴族の心得 「御遺誡」でみる権力者たちの実像 目次
はじめに 御遺誡とは何か
第一章 嵯峨天皇と『嵯峨遺誡』
1 嵯峨天皇と皇位継承
2 『嵯峨遺誡』の内容
3 嵯峨天皇と『嵯峨遺誡』
第二章 宇多天皇と『寛平御遺誡』
1 皇統交替と宇多・醍醐天皇
2 『寛平御遺誡』の内容
3 宇多天皇と『寛平御遺誡』
第三章 菅原道真と『菅家遺誡』
1 菅原道真の功罪
2 『菅家遺誡』の内容
3 菅原道真と『菅家遺誡』
第四章 醍醐天皇と『延喜御遺誡』
1 宇多・醍醐皇統の確立と朱雀天皇
2『延喜御遺誡』の内容
3 醍醐天皇と『延喜御遺誡』
第五章 藤原師輔と『九条右丞相遺誡』
1 小野宮流・九条流と藤原師輔
2 『九条右丞相遺誡』の内容
3 藤原師輔と『九条右丞相遺誡』
おわりに 御遺誡からみる平安時代――皇統の確立と摂関家の成立
【付録】
関係地図(平安京)
関係地図(平安京外)
大内裏図
内裏図
略年表
参考文献
図作成 鳥元真生