一冊完結のはずが…「編集K氏が、乗せるのがとても上手なのだ」/時代小説の旗手・佐々木裕一さんが明かす「斬! 江戸の用心棒」シリーズ化裏話
読む時代劇 昭和の時代劇スターに魅了されて
『斬! 江戸の用心棒』という題名を見ると、昭和スターによる時代劇を連想される読者が多いかと思う。まさに私は、スターが出てくるような読む時代劇を書きたかった。
『斬! 江戸の用心棒』は当初、仇討ち物として、1冊で完結するつもりで書かせていただいた。ところが、出版した時には、シリーズになっていた。編集K氏が、乗せるのがとても上手なのだ。会えば、書きます、と言ってしまう。それでも、スケジュールの関係で2巻までは5年も間が空いてしまった。そして1年後に3巻を刊行させていただき、仇討ちの話はここで完結し、月島真十郎という主人公の人物像が出来上がった。3巻で最終回でもよかった。だから、編集Kさんと打ち合わせをした時「4巻で終わります」と申し出た。編集Kさんは「そうかぁ、残念、もったいない。玉緒が好きなんだけどなぁ」というようなことをおっしゃったような気がする。
でも、4巻で終わる。他に書きたい物もあるし。と自分に言い聞かせて、今回4巻を出版させていただくために執筆をはじめたのだ。
プロットを仕上げて、編集Kさんに渡したら「玉緒がいいですねぇ、好きです」という感想をいただいた。名残惜しそうに聞こえた。
つい「続けますよ」という言葉が口先まで出かかったが、危ない危ない、飲み込んだ。
もう最終回だから、私の信条でもある「読む時代劇」的に仕上げよう。そう思い本編の執筆をはじめると、不思議なことが起きた。主人公の真十郎と玉緒が、勝手に頭の中で動きはじめた、という表現がしっくりはまる。私は、ただそれを眺めて、ほほう、玉緒姐さん、次はそうきますか。ここで真十郎殿を手玉に取りますか。真十郎もお人好しだな、でもなんやかんやと姐さんの言うことを聞くのは、好きだからなんだろう。といった具合に呟きながら、キーボードをたたいていた。
振り返れば1巻は、剣術修行の旅から帰った真十郎を、父親の悲劇が待ち受けていた。そこから始まり、父親を貶めて暗殺した憎き仇を討つという仇討ち物。1巻で終わりと思っていたので、2巻を書くことになって「さあどうするか、主人公をどう活躍させるか」というのが悩みになって、なかなか手が付けられなかった。自己最長の構想期間になった。5年。いや、まだそれ以上に構想中の物もあるか。
ともあれ、世に出させていただいた中では、2巻の『千両の首』が自己最長記録。悪役をどうするかで悩んだ。
悩んだ甲斐があり、3巻の『形見の剣』も、いい話になった。
そして今回、最終回という気持ちで4巻にとりかかった。第1章の「女の館」を書いている時は、まだ気持ちに変化は起きていなかった。
第2章の「望郷」も、ああ、あと2章で終わりだな、という気持ちだった。
第3章の「覗き絵師」。これに出てくる万五郎という男がまたいい味を出していて、玉緒と真十郎を引き立てる。このあたりから、2人が筆者の手を離れた気がする。
第4章の「三百両の子種」は、もう完全に時代劇を見ている感覚でキーボードをたたいていた。
こんな具合で、とても面白かった。玉緒は凄腕のエージェントだ。あんなのが近くにいたら、なんでもやっちゃうな、という気分になって、はっとした。自己最短日数で1冊書き終えていたからだ。
しばらくぼうっとした。玉緒の残像が、なかなか頭から消えてくれなかったからだ。
主人公の真十郎は大名家の出自で、今でいうごりごりのエリート。だけども、1巻から3巻のあいだにいろいろあって、4巻では完全に無職。口入屋を営む玉緒の世話になりたくなくて、用心棒ではなく、留守番屋なるものを起業して、食べるのもやっとの浪人暮らしをしていた。楽ではない。けれど、自由で気楽。シビアな世界で生きていた真十郎にとって、やめられない暮らしだといえる。これを許さないのが、凄腕のエージェントである玉緒だ。出自もよくて、剣の腕も立つ真十郎は金になる。とばかりに、うまーく転がす玉緒を見ていると、楽しくてしょうがない。原稿を渡してしばらくすると、「いやぁ、玉緒がいいですね。好きです」と、またも編集Kさんが言ってきた。玉緒の才能を見抜いていたのは、編集Kさんではなかっただろうか。
編集Kさんも人を乗せる天才だが、まさか自分が考えた玉緒にまんまと乗せられるとは思わなかった。
「ちょいと裕一の旦那、寝ている暇はございませんよ」
5巻も書かせてください。気付けば、そう言っていた。