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チャンス大城の「想像を超えてくる実話」がすごい! 結婚・出産・離婚のすべてが知らない間に進んだ男

 お茶の間の記憶に残る男としてTV出演急増中の芸人・チャンス大城(本名:大城文章)さん。そんなチャンス大城さんが自らの半生を赤裸々に語り下ろした『僕の心臓は右にある』(2022年7月刊、朝日新聞出版)から、チャンス大城さんの結婚と離婚についてのエピソードを、一部抜粋・再編してお届けします。(写真:朝日新聞出版 写真映像部・東川哲也)

大城文章著『僕の心臓は右にある』(朝日新聞出版)
大城文章著『僕の心臓は右にある』(朝日新聞出版)

■結婚

 ヤクザな仕事をしている僕でしたが、それでも結婚してくれるという人が現れました。名前はKちゃんと言います。

 Kちゃんと出会ったのは、たしかBBゴローさんの自主ライブだったと思います。僕はゴローさんと仲がいいのですが、Kちゃんもゴローさんの芸風が好きで、ゴローさんの自主ライブをボランティアで手伝ったりしていました。

 ゴローさんのライブが終わった後、みんなで飲みに行ったことがあって、そこにKちゃんも来ていたのですが、丸顔で笑顔がステキなかわいらしい女の子でした。KちゃんもX JAPANが好きだというので意気投合して、付き合うようになったのです。

 しばらく神楽坂のアパートで同棲してから、山吹町の家賃8万円のマンションに引っ越しました。その頃はすごく仲がよくて、毎日が楽しくて仕方ありませんでした。

 ところがある日を境に、Kちゃんがメチャクチャ怒るようになったのです。

 ちょうど、同棲を始めてから一年ぐらいたった頃のことです。Kちゃんのおなかがちょっとぽっちゃりしてきたのです。当時、メタボリック症候群という言葉が流行していたので、僕はてっきりそれだと思って、「Kちゃん、腹筋しやー」なんて言っていたのです。

 そして、ある日の晩、Kちゃんのおなかを触ろうとすると、

「やめてよ!」

 と、かつてない剣幕で怒るのです。

 僕にはKちゃんがなんでそんなに怒るのか、見当もつきませんでした。

「私、旅に出たい」

 Kちゃんが突然そう言い出したのは、僕がおなかを触ってから数日後のことでした。

 僕みたいな売れないくせに酒ばっかり飲んでる芸人と暮らしてたら、そりゃ、ストレスたまるやろな。旅に出たくなるのも、当たり前や……。

 そう思って、僕はKちゃんが旅行に行きたいというのを止めませんでした。

絵:チャンス大城

 ところが、Kちゃんは旅に出たきりぜんぜん帰ってこないのです。当時、Kちゃんはディズニーランドの売店で働いていて、8万円の家賃を折半して払ってくれていました。その4万円は、毎月きちんと銀行口座に振り込まれるのですが、肝心の本人が帰ってこない。どこにいるのか連絡もないし、携帯にも出ないので、探しようがありませんでした。

 Kちゃんが旅に出てから数カ月がたった頃、たまたま神戸でライブの仕事が入りました。神戸は僕の実家がある尼崎に近いのですが、翌日も仕事があって実家に寄る時間はありません。ライブが終わったら、高速バスで東京にトンボ帰りしなくてはなりませんでした。

 神戸のライブ会場に入ると、なぜかロビーにおかんがいました。

「なんや、見に来てくれたん? 今日、俺な、家帰られへんねん。ライブ終わったら、そのまま東京帰らなあかんねん」
「そんなん、どうでもええねん。あんた、ちょっと耳貸して。あのな、Kちゃん今朝、男の子生まれたよ。おめでとう!」

 ショックでした。

 おかんは、息子が心配かけ過ぎたせいで、まだそんな年でもないのに認知症になってしまったのです。

「わかった、わかった。じゃあ、またな」

 それだけ言うのが、精一杯でした。

 東京へ帰る高速バスの中で、僕は後輩芸人に相談しました。

「おかん、いきなり子供生まれたとか言ってたし……。病院入れないかんのかな」

 翌朝8時、ちょうどバスが東京に着いた時、おかんから携帯にメールが届きました。

「東京に着いたら、◯病院の403号室に行きなさい」

 意味がわかりませんが、指示の仕方が妙に具体的です。それから2時間ぐらい喫茶店で時間を潰して、おそるおそる◯病院の403号室に行ってみると、なんとそこにKちゃんがいたのです。

「えっ、Kちゃん?」
「ちょっと待っててね」

 Kちゃんは別の部屋に入っていくと、しばらくして車輪のついたプラスティックの台車のようなものを押しながら戻ってきました。台車には赤ん坊が乗っていました。

「な、なにこれ?」
「昨日生まれたのよ」

「ぐぐええええええええーーーーーーーーーっ!」

 僕は看護士さんが飛んでくるぐらい大きな声を出してしまいました。おかんは、ボケてはいなかったのです。

「Kちゃん、これどういうこと?」

 Kちゃんはベッドわきの引き出しからいきなり婚姻届を取り出すと、名前を書いてくれと言うのです。すでに「大城」の印鑑も用意してありました。

「これ押したら、帰っていいよ」

 僕は言われるままに婚姻届に名前を書いて判を押すと、言われるままに◯病院を後にしました。

 外に出て時計を見ると、まだ午前中の10時半でした。Kちゃんと再会してから、たったの30分しかたっていません。そしてこの30分の間に、僕は父親になってしまったのでした。

絵:チャンス大城

 びびりました。

 コンビニで500ミリの缶ビールを4本買って病院の近くにあった公園に行くと、砂場のふちに座ってプルタブを引っ張りました。

「どないしよう。子供なんて生まれてもうたら、引退せないかんのやろな」

 僕が真っ先に考えたのは、このことでした。

 ひどい父親でした。

 しばらくしてKちゃんは、山吹町のマンションに赤ん坊を連れて戻ってきました。

 戻ってくるなりスーツを着せられて、写真館に連れていかれました。

「はいお父さん、息子さんの肩に手を当ててください」

 パシャッ、パシャッ。

 沐浴のやり方なんかも教わりましたけれど、正直言って、僕は人間を育てるということが怖くて怖くて仕方ありませんでした。沐浴中にちょっとでも手を離したら、この子は溺れて死んでしまうのです。

「やばいなー、どないしょう。普通の人間やったら速攻で芸人なんてやめて、就職先とか探すんやろな。やばいなー」

 ちょうど同じ頃、僕は人間関係をこじらせてしまったこともあって、父親になったことと人間関係というふたつのストレスを晴らすために、めちゃめちゃ酒を飲むようになってしまいました。一度、他の女の子と遊んでしまったこともありました。

 そんな不甲斐ない父親の姿を見て、Kちゃんの心はどんどん冷えていってしまったようでした。喧嘩が多くなって、反対に、会話はどんどん少なくなっていきました。

 そしてふと気がつくと、僕はご飯が食べられなくなっていました。

 タバコばかり1日に4箱も吸って、固形物は喉を通らず、満足に眠ることができません。

「やばいなー、どないしょうー」

 頭の中では、このフレーズが何度も何度も壊れたレコードのように、1日中リピートしています。

 そんなある日の早朝、僕は奇妙なものを見てしまったのです。

 当時住んでいたマンションには和室がありました。そこに、黒い服を着た3人組の男が座っていたのです。そして、男たちが僕の方を向いて、何かしゃべりかけてくるのです。

 僕は、男たちが泥棒ではないことを直感しました。

 そのとき、なぜか、自分の体からはっきりと、漢方薬のような、正露丸のような臭いが漂ってきました。それはどう考えても、人間の体臭ではありませんでした。

絵:チャンス大城

 彼らは死神だと思いました。

「死神って、空から死にそうなやつを見つけると、降りてくるんやろな。わし、選ばれてしまったんやな」

 僕は思わず、眠っている赤ん坊の手を握りしめました。

「今日で終わりなんかな」

 やがて太陽が昇って部屋の中に光が差し込んでくると、死神たちは消えていきました。でも、あの臭いは消えません。

 僕は洗面所に立って、石鹸で手を洗い続けました。

■離婚

 Kちゃんと別れたのは、しばらくたってからのことでした。

 僕たちが入居していたマンションは4階建てで、8世帯が入っていました。ある時から、その8世帯の住人たちが次々と引っ越していくという、不思議な現象が起こりました。

「えらい引っ越しが続くなー」

 僕はまともに仕事もできず酒ばかり飲む日々を送っていましたが、その一方で、ちょっと浮気みたいなこともしてしまって、Kちゃんとの関係は完全に冷え切ってしまいました。

 そんなある日、下北沢のリバティという劇場で、なべやかんさん主催の「日本まな板ショー」というライブがあって、僕は大トリで出ることになったのです。

 楽屋で準備をしていると、突然、おとんから電話がかかってきました。

「おー、フミか。さっきKちゃんがN君連れて、うちに遊びに来てくれたんや。えらい、嬉しくてな。そうしたら、Kちゃんが『お父さん、お話があるんです』って改まって言うやんか」

 おとんとKちゃんは、とても仲がよかったのです。

「そんでな、『お父さん、離婚届を書いていただけないでしょうか』って言うんや。あんまり何度も言うから、書いたで、離婚届。おまえの名前、代筆した。判子も押しといたからな」
「えーっ」
「フミアキ、あそこまでいったら、今からひっくり返されへんぞ。もう無理やから、一回別れてすっきりし」

 ショックでした。楽屋のみんなに事情を話して、こう言いました。

「いますぐ家に帰りたいんやけど」
「それなら、出番、1番にしましょう。奥さんになんで別れたいのか、ちゃんと理由を聞いた方がいいですよ」

 芸人仲間のひとりが、そう言ってくれました。

 僕はトップバッターに変えてもらってネタを終えると、山吹町のマンションに直行しました。Kちゃんも家に帰っていました。尼崎からトンボ帰りをしていたのです。

チャンス大城さん(撮影/朝日新聞出版 写真映像部・東川哲也)

 僕はKちゃんの前で土下座をしました。

「もう、いい」

 Kちゃんはそれしか言いませんでした。

 それを聞いて僕は、これは単なるオドシに違いないと思ってしまったのです。会話のない状態はなんとかしなければならないけれど、おとんの話も、離婚の話もただのオドシやと。

 ところがそのあと、Kちゃんが思いがけないことを口にしたのです。

「3日後に立ち退きだから」
「えー、3日後って、なんやそれ?」
「自分の荷物だけまとめて。他の荷物は、私がまとめるから」

 Kちゃんが尼崎からトンボ帰りをしたのは、荷造りのためだったのです。

「3日後って……仕事入ってるから、荷造りなんかできへんよ」
「そんなら、いいよ」

 Kちゃんは、それ以上口をきいてくれませんでした。

 3日後は、お世話になっている構成作家さんのライブの撮影がある日でした。

 撮影を終えて、半信半疑の気持ちでマンションに帰ってみると、最上階までの電気が全部消えていました。

「あれっ?」

 真っ暗な階段をのぼって3階まで行き、自分の部屋の鍵を開けてみると、薄暗い部屋の中は空っぽでした。

「俺の荷物もないやん」

 僕はKちゃんが僕の荷物も引っ越し先に運んでくれたものと思って、携帯で電話をかけました。でも、Kちゃんは出てくれませんでした。

 僕はどこまでも、甘い人間だったのです。

 部屋から出てあたりを見回すと、廊下の突き当たりにぼーっと何かが見えます。携帯のライトで照らしてみると、それは僕の荷物でした。

「俺、外されたんや」

 別れるのも仕方ありません。

 ようやく事態を理解したとき、階下から大声が響いてきました。

「おーい、まだ誰かいるのかー」

 入り口を封鎖するためにベニヤ板を運んできた、業者のおっちゃんでした。

「あんた、もう、引っ越しの期限、過ぎてるよ」
「僕、嫁に逃げられたんです」
「……」
「いま、荷物降ろしますんで」

 泣きたい気持ちでした。

 でも、おっちゃんは優しい人でした。僕が3階から荷物を降ろすのを手伝ってくれたのです。入り口の脇に荷物を降ろし終えると、おっちゃんが言いました。

「あんた、これからどうすんの。ここで寝んの?」

■会えいない息子

 僕の尊敬する芸人さんに、ヘヴリスギョン岩月さんという人がいます。芸人仲間はみんな、親愛の情を込めて「ヘヴさん」と呼んでいます。

 Kちゃんと離婚してまだ間もない頃、たまたま飯田橋でヘヴさんとご飯を食べたことがありました。

 その近辺には、別れた僕の息子のN君が通っている保育園がありました。ヘヴさんとご飯を食べているうちに、僕はどうしてもN君の顔が見たくて見たくて、どうしょうもなくなってしまいました。

絵:チャンス大城

 N君が生まれた時、喜ぶどころか、「これからどうしよう」なんて思ってしまった情けない父親でしたが、でも、やっぱり、自分の子供はかわいいんです。どうしょうもなく、かわいいんです。

 ひと目でいいから、顔が見たい……。

 ご飯を食べ終わると、僕はヘヴさんと保育園の近くの電柱の陰に隠れて、N君の“出待ち”をすることにしたのでした。

 声をかけたりするつもりは、まったくありませんでした。ただ、元気な姿が見られればそれでよかったのです。でも、事情を知らない人が見たら、きっと僕たちはものすごく怪しい2人組だったに違いありません。

 どれぐらい待ったでしょうか。

 ちょうど日が暮れかけてきたとき、Kちゃんが急ぎ足で保育園の門の中に入って行くのが見えました。そして、しばらくたつと、Kちゃんが幼いN君の手を引きながら保育園の門を出てくるのが見えたのです。

どうしょうもなく込み上げてくるものがありました。

 すると、ヘヴさんがこう言うのです。

「チャンス、悪いことしたな。逆に申し訳なかった。ゲーセンでも行こうや」

 出待ちしたいと言い出したのは僕なのに、なぜかヘヴさんの方が謝るのです。

 ヘヴさんと僕は近くのゲームセンターに入って、「鉄拳」で対戦することにしました。鉄拳はふたりで殴り合いができる格闘ゲームで、ヘヴさんは昔、このゲームがとても強かった。何度挑戦しても、なかなか勝てませんでした。

 ところが、この日は僕の10連コンボがバンバン決まって、ヘヴさんをボコボコにしてしまったのです。

 2回目も僕の投げ技や10連コンボがバンバン決まって、あっという間に勝ってしまいました。ようやく僕は、ヘヴさんがあまり攻撃してこないことに気がつきました。

 ヘヴさん、どうしてパンチもキックも出してけえへんのやろ……。

 3回目も、僕の圧勝です。僕は、へヴさんの席に回り込んで聞きました。

「ヘヴさん、なんで攻撃してこないんすか」

 ヘヴさんはキリスト様みたいな顔でこう言いました。

「気が済むまで、殴ってこい」

「あ゛ーーーー、あ゛ーーーーーーーーーーー、あ゛ーーーーーーーーーーーー」

 僕の目からは、バカになったダムのように、涙があとからあとから流れ出ていました。