ビートたけしさん、笑福亭鶴瓶さん、所ジョージさんを相手にボケてみせたラジオDJの、永遠のようで一瞬のような10分間
いわゆる「エライ人」は、必ずしも偉そうにしていません。エライ人に会うことを事前に恐れて心配するより、現場でその懐にエイッと飛び込むほうが、上手に受け止めてもらえることもあります。
私がMC(番組進行役)を務めていたNHK『BSコンシェルジュ』の企画で、ビートたけしさんの収録現場にインタビューをしに行くことになりました。
1980年代に人気を博したバラエティー番組『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)をかぶりつきで見ていた私は「天下のたけしさんにお目にかかれる!」とうれしい反面、スタッフからそのお話を聞いた瞬間から早くも緊張していました。
「盛り上がらなかったらどうしよう……」
しかも、その回のゲストは笑福亭鶴瓶さん、所ジョージさん!? ビッグなお三方、「変なことを言って場がシーンとなったらどうしよう……」と不安の無限ループが続きます。
そして当日。たけしさんの収録が終わった後、そのスタジオにお邪魔して、ご挨拶と打ち合わせがあって本番という段取りでした。ですが、番組スタッフから、こんな連絡が……。
「収録時間が押しているので、事前のご挨拶、打ち合わせの時間は省かせてください!」
ということは、ぶっつけ本番でスタジオに入って、インタビューを開始するわけです。戸惑っている時間はありません。
スタジオの重いドアを開けて中に飛び込み、まだセットの椅子に座っているお三方にうわずる声で「どうもー!」とご挨拶すると、
「え? あんた誰?」と鶴瓶さん。
「演歌歌手?」とたけしさん。
これは試されている? 乗るなら今しかない! と気がついたら、「このたびは~、お疲れ様でしたあ~」と、はじめましてのご挨拶代わりにとっさにこぶしを回して熱唱してしまいました。するとすかさず鶴瓶さんが、
「だから誰やねん!」
と笑いながら突っ込んでくれたのです。手応えを感じました。
その後も、マイクを持つ左手の震えを重ねた右手で感じながら、お三方から次々に繰り出されるコメントに必死で反応しました。
たけしさんが「噺家として二ツ目(落語家の階級で真打ちの次、上から2番目に当たる。寄席で2番目に高座に上がることから、こう呼ばれる)になったから手ぬぐいをつくれるんだ」とうれしそうに教えてくれたので、思い切って「では、物販で展開しますか?」と返してみる。すぐさま鶴瓶さんが「やらしいこと言うなや!」と笑顔で突っ込んでくれる。「本当にこれNHKかよ?」とたけしさんも苦笑い。
お三方が並んで座ってこちらを見ている光景は、まるで、その場でテレビを見ているような超現実的な体験。収録後の鶴瓶さん、私のことを指差しながらニヤリとされました。
「やりよるな。あんたNHKのアナウンサーやないやろ?」
「はい! ワタクシ、しがないラジオDJです!」
永遠のようで、一瞬のような10分間でした。
仕事でも、プライベートでも、毎日なにかしらのコミュニケーションをとる中で、「あっ、ここで一歩踏み出せる!」「これは相手に喜んでもらえる一言かも!」と感じる瞬間がありませんか?「どうしよう」と迷ったら、「よし、これもひとつのいい機会!」と相手の懐に飛び込んでみる方を選んでみてください。たとえ冷や汗かきながらでも、そんなあなたの行動は、相手にとって「あ、この人、なんだか素敵」「ちゃんと向き合ってくれている」「おっ、頑張ってるな」など、「あなたと距離を縮めたいです」というメッセージになります。逆に、言われたことだけ、マニュアル通り、ただ前例をなぞるだけ、という姿勢は、自分自身を硬く閉じ込めてしまいます。その先にあるのは、「無理です」「それはちょっと」「……(無反応)」と反応バリエーションの袋小路。年齢を重ねるほどに、「この歳で失敗はもう許されない」と自分を守る自意識も分厚くなっていきますが、放っておくとカチコチの角質のようにコミュニケーションの柔軟さも失われてしまいます。そうならないためにも、「今かも!」という瞬間には、小さくでも、相手に愛ある一言をかけてみてください。
そこでコケちゃっても、落ち込む必要はありません。そんなあなたを必ず誰かが見てくれていますし、自分の心臓に細い毛を生やしてくれる栄養となります。全ての失敗は、いつの日か必ず回収できる貴重な体験。同時に、誰かがそんなチャレンジをしたら、しっかり受け止めて、「いいね!」と返すこと。こうして書くと基本中の基本に聞こえますが、心の余裕がないと実際なかなか難しい。けど、続けていくうちに、これまでの景色が違って見えてくるようになります。おそるおそるでも、まずは一歩小さく踏み出してみると、世の中は結構やさしさにあふれているもの。こんな今こそ、人と言葉をかけあうことっていいものだなあ、と嬉しくなることもあるでしょう。まわりの人にも自分にも、心がやわらかくなっていくのを感じると思いますよ。
(編集協力/長瀬千雅)