作家・伊坂幸太郎「森絵都さんの『カザアナ』が面白すぎる」
『カザアナ』が面白すぎる/伊坂幸太郎
『カザアナ』が面白すぎる。最近、おススメの本を聞かれるたびに(聞かれなくても)、そう言っています。
たまたまこの本を書店で見かけたのですが、作者の森絵都さんはリアリズム寄りというのか、青春小説や人間ドラマを描く人という印象がありましたので、帯に書かれている「異能の庭師たち」という言葉が気になりました。「監視社会化の進む」ともあるため、「森絵都さんってこういう作風だったっけ?」と内心、首をひねり、「異能」とは言っても、リアリズムの中での奇妙さ、という可能性もあるからそういうことかな、と納得しかけたのですが、「平安時代、石や虫など自然と通じ合う力を持った」というようなことも書かれています。気づけば、購入していました。
するとどうでしょう(見る見る体が楽に、と書くと、健康食品のコマーシャルのようですが)まさに予感的中、面白くて一気に読んでしまいました。ファンタジーとSF感、御伽噺と現実味のバランスが(僕にとっては)ちょうど良く、さらに、この小説には、社会(国の政策)がある一定方向に突き進んでいくことへの窮屈さ、違和感のようなものが描かれていて、それもまた刺激的でした。普通の作家(たとえば僕)でしたら、もっと、「舞台設定はこうですよ」と説明してしまうところを、「ジャポい」「景勝特区」「オバシー(oversea)」といった独自の言葉を使ったり、「瓦屋根」「黒髪」「相撲」が推奨される状況を描いたり、空中から監視するドローンの存在を描いたりすることで、自然と読者にファシズム的な雰囲気を想像させていきます。上手いなあ、スマートだなあ、と感嘆しました。AI家庭教師の「ニノキン(二宮金次郎)」とかの存在も楽しいですし、後半では、アメリカ大統領まで出てくるのですから、油断できません。しかも、ディストピア小説と言うこともできる小説にもかかわらず、この作品には穏やかな雰囲気があって、嫌な気持ちにならないところが素晴らしい、と感じました。文学に限らず創作物においては、「棘」や「毒」、「禍々しさ」や「不謹慎さ」があるもののほうが強い印象を与え、文学的価値が高いと思われがちな気もします(単なる憶測です)。そういった作品も好きですが、一方で、『カザアナ』のような小説が、その「穏やかさ」から、実はたくさんの示唆に富んでいる文学作品であるにもかかわらず、単なる読み物として見過ごされてしまったら寂しいな、と(勝手に)心配になってしまうところもあります。だからことあるたびに、『カザアナ』が面白い、と言いたくなっているのかな、と今、気づきました。
僕と同じようにこの小説を楽しめる人はたくさんいるでしょうし、ぜひ、そう言った人たちに届きますように、と今はお祈りする気持ちです。
朝日文庫 森絵都著『カザアナ』は朝日新聞出版より発売中