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男には理解る? 羽生結弦のウマ味【ミッツ・マングローブ/熱視線】

女装家・タレントのミッツ・マングローブさんが時代を駆け抜けた「アイドル」たちについてつづった書籍『熱視線』(2019年8月刊)より、珠玉のコラムを選りすぐりで紹介。今回は羽生結弦さんについてお届けします。

『アイドル』という概念がいささか理屈っぽくなった感のある昨今、久しぶりに現れた逸材、羽生結弦。手の付けられない強さはもちろんのこと、手に負えないほどの縦横無尽さ。そしてそれを許容し、ありがたがり「もっと! もっと!」と貪る世の中。まさにアイドル文脈の理想型と言えるでしょう。

  羽生クンのスゴさは、例えば『転倒したシーン』を、瞬時に『立ち上がるシーン』に変換させてしまう『ヒロイン力』です。「お黙りなさい! 転んだのではありません! これから立ち上がるところなのです!」と声高らかに凄まれることで、観ている側の感情も「勝て!」から「負けないで! ゆづぅ!」になる。

イラスト:ミッツ・マングローブ

 羽生結弦は、女優です。 

 さらに彼は、ドラマティックさを煽る反射神経においても天才的です。高熱でふらつくステップも、傷口に滲む血も、過剰なまでに謙虚でストイックな姿勢も、たとえそれが本能だろうと、緻密な計算と綿密なシミュレーションの賜物だろうと、彼ほどぬかりなく『ひとつ足してくる』人はそういません。ホント痺れます。毎度のことながら「またやってるわ」と眉をひそめつつも、興奮のあまり、つい失禁しそうになってしまう。アイドルってのは常に紙一重。だから儚いの。 

 でも私、見てしまったんです。羽生クンの紙一重のあっち側を。それは昨年末の紅白歌合戦。その年を飾った著名人たちが審査員として連なる中、いちばんの目玉として彼はいました。紅白らしく袴姿で……。貴重なお姿? いや、どこか見てはいけないものを見てしまったようなざわめきに襲われました。 

 顔が小さ過ぎる上に、肩が華奢だからでしょうか。得も言われぬ違和感。ふたつ隣の長澤まさみさんの方が、よっぽど男らしく着こなしそうです。まるで指人形のような姿に戸惑う一方で「遂にこの時が来た!」という歓喜を覚えました。 

 これぞアイドル鑑賞の醍醐味! 完全無欠なんて面白くもなんともない。

ミッツ・マングローブさん

 その後も眠そうな顔をカメラに抜かれ、ダース・ベイダーとぬるい絡みを見せ、拙いマイクの持ち方で『花は咲く』を唄うなど、垂涎の決定的シーンが目白押し。極めつきはゴールデンボンバーの『女々しくて』に合わせて両手を振る羽生クン。さすがは絶対王者です。誰にも真似できない独特な手首関節の動きをされています。あれ? もしかしてリズム感悪い? いや、そんなわけあるはずない! でも、かつて陸に上がった人魚も、ただの異様な生き物だったと言いますし……。

  何はともあれ。あれ以来、羽生結弦という男が、私の中でさらに愛くるしい存在になったことは言うまでもありません。彼の中にある苦味としょっぱさを知り、ファンとしてひとつオトナになった気分です。どうか世の男性たちにも、もっと羽生結弦を舐め回してしゃぶりついて頂き、その極上のウマ味に胸ヤケを起こしてほしいと願うばかりです。

(初出:週刊朝日2016年5月6・3日号)