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14歳の安室奈美恵が歌った沖縄の戦後『ミスターU.S.A.』【ミッツ・マングローブ/熱視線】

 女装家・タレントのミッツ・マングローブさんが時代を駆け抜けた「アイドル」たちについてつづった書籍『熱視線』(2019年8月刊)より、珠玉のコラムを選りすぐりで紹介。今回も安室奈美恵さんについてお届けします。

ミッツ・マングローブ『熱視線』
ミッツ・マングローブ『熱視線』

案の定『アムロス』大流行。引退までまだ1年あるのに気の早い人たちです。そもそも『◯◯ロス』って、終わりや別れの後に陥るものだったはずですが。それにしてもこの語呂の良さ! もはやペットでもタモリさんでもなく、『ロス』は安室ちゃんのために用意された言葉なのかも。

 さて先週も書いた通り、彼女(正確にはスーパー・モンキーズ)のデビュー曲『ミスターU.S.A.』は、私にとって25年間ずっとヘビロテ状態が続いている大好きな曲であると同時に、数多のアイドルポップスが存在する中、こんなにも如実に『沖縄の戦後』を歌った曲はないという、そんな歴史的意義の非常に高い曲でもあります。

イラスト:ミッツ・マングローブ

 まずタイトルの『ミスターU.S.A.』。私はこれを、沖縄の人たちが駐留米兵を呼ぶ際に使う通称『アメリカさん』と訳します。売野雅勇さんが書いた歌詞は、そんなアメリカさんと恋に落ち、虹のような儚い日々を過ごした沖縄女性の懐旧の情や風景が、アメリカン・グラフィティ的に描かれています。その一方で、随所に垣間見えるのは、沖縄が経てきた地上戦、敗戦、占領、そして返還後の夢と現実です。

 サビに何度も登場する『ビーチサイドのアメリカ』は、紛れもなく嘉手納・普天間など沖縄本島に集中する米軍基地のこと。終戦以降もアメリカに占領され続けた現代の沖縄と基地の関係は、良くも悪くも切り離せないものであり、実際そこで育まれた恋や、産まれた命もたくさんありました。そして国際風情豊かな食や音楽などの文化も発展しました。

 地元住民は無断で立ち入れない『白いフェンスの向こうのビーチクラブ』で『他人(おそらく上官)のキャデラック磨く』若い米兵に心惹かれた主人公は、『フェンス越しにふたりでジミー(ジェームス・ディーン)の映画を観た』りします。そして、それをまるで『地図から消えた天国さ』と表現している。聴くたびにドキッとさせられるフレーズです。

 もちろんそれらは単純に、大人や社会のしがらみから抜け出し、自由な恋愛を謳歌する若者と、戦後アメリカの豊かさに憧れていた日本人の姿です。しかし、そこに込められているのは「基地は治外法権。日本ではない」という、今なお沖縄が抱える葛藤でもあるわけです。

 やがて若い米兵は帰国もしくは別の任地へ赴いたのか、淡い恋心だけを残し去ってしまい、かつての『ビーチサイドのアメリカ』を『想い出すと今も胸が熱くなる』と歌う主人公。アメリカさんがいなくなると、経済的な豊かさを失う人たちも少なくなかったはず。それでもあの日々を『虹』に例え、「きっと彼にとっても、私は虹だった」と自分に言い聞かせ、いつの間にか流暢になっていた英語で語りかけるのです。

 時代的には安室ちゃんのお祖母様の世代が若かった頃の情景。それを14歳の安室ちゃんが高らかに歌ったのが1992年。奇しくも沖縄本土返還から20年後の年でした。これほどまでに『沖縄』を背負ってデビューしたアイドルを、私は知りません。

『アムロス』の旋風とともに、是非この『ミスターU.S.A.』を、安室ちゃんの息子世代にも聴いて頂きたい。沖縄の戦後は『遠い日のLove Affair』にあらず、です。

(初出:週刊朝日2017年10月13日号)