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「#教師のバトン」があぶり出した、追い詰められ壊れていく教師たちの現実に朝日新聞取材班が迫る

2021年から23年まで続いた朝日新聞連載「いま先生は」を再構成・加筆して、2024年4月12日に発売された、朝日新聞取材班著の『何が教師を壊すのか 追いつめられる先生たちのリアル』(朝日新書)。定額働かせ放題、精神疾患・過労死、人材使い捨て、クレーム対応……追いつめられる教員の実態とは? そんな中でも必死に子どもたちと向き合い続ける教員の姿とは? 特別に本書の「はじめに」と「目次」を公開。“#教師のバトン”を目にしたことのある方はぜひ、読んでみてほしい。

まえがき

 学校の先生は忙し過ぎる。そう指摘されて久しい。
 
 朝早くに出勤し、夜は遅くまで帰れない。授業とその準備に加え、不登校や発達障害、日本語の読み書きができないなど、個別に対応する必要がある子が大きく増え、そのために作成する書類も多い。こうした教育活動とは別に、行政の調査への回答などの事務作業までも担っている。このような現状や背景についての報道は徐々に増え、最近では多くの人に知られるようになったように感じる。
 
 朝日新聞教育班は、2010年代前半ごろにこの問題がクローズアップされてから、力を入れて報じてきた。注目を浴びるにつれ、近年は現役教員による記者会見など、世論を喚起する動きも活発になり、文部科学省を始めとする教育行政も少人数学級の推進による教職員定数の増加、教員が担う事務作業の削減の呼びかけやそのための支援員の配置など、様々な対策をとってきた。
 
ところが、教員が変化を実感できるようになるまでは時間がかかった。
 
 教職員や支援員といった人手の面では改善したはずだったが、すべての学校に目に見える恩恵が行き渡るほどドラスティックなものではなかった。中学や高校の教員の長時間労働の主因とされた部活動の指導は、休養日を設けることなどは決まったが、教員の業務から外すなどのより抜本的な改革までは時間を要した。公立中学校の部活動を地域のクラブなどの指導者に任せる「地域移行」が始まったのは、23年になってからのことだ。
 
18年ごろからは、出退勤時間をタイムカードで記録するようになったり、午後6時以降には電話対応をせず、留守電にしたりといった工夫が見られるようになった。だが、肝心の業務負担がなかなかなくならない。例えば、特に負担が重いとされ、本来業務ともいえない「学校徴収金」(給食費や教材費など)の管理・督促業務は、多くの学校で教員の仕事であり続けた。文科相の諮問機関、中央教育審議会が17年、教員の働き方改革の緊急提言で「教員の業務としないよう直ちに改善に努めること」と求めたにもかかわらず、6年後の23年も半数以上の自治体が教員に担わせている。
 
 新型コロナ禍とともに幕をあけた2020年代。ツイッター(現X)には、現役教員とみられるアカウントによる、残業の長さと授業準備に割く時間の短さへの嘆きや、精神疾患になって出勤できなくなった窮状を訴える声があふれた。
 
 国や地方の財政状況がおしなべて厳しい折、急には改善しないのは仕方ないことなのかもしれないが、10年近くも同じような叫びが教員から聞こえてくるのはどうしたことか。これまでの行政の取り組みを問うと同時に、我々も報じ方を工夫していく必要があるのではないか。
 
 こうした反省をもとに取材班で議論し、教員一人ひとりがどのような業務を抱え、授業や生徒指導といった本来業務にどのような影響が出ているのかを読者に具体的にわかってもらうこと、そして、働き方改革が進まない背景に、学校であるが故の阻害要因がないか探ることが重要だとの結論に至った。こうした方向性のもとに、教員の働き方の課題について考える「いま先生は」と題した連載が始まった。
 
 本書は、21年から23年まで朝日新聞紙上や朝日新聞デジタル版で断続的に公開してきたこの連載記事を、一部加筆してまとめたものである。従って、本書が目指すものも連載と同様、問題の所在を具体的に明らかにし、その背景事情を詳述することにある。より具体的に言えば、本書の特徴として以下の3点があげられる。
 
 第一に、現役の教員や元教員に取材した詳細なエピソードをもとに、教員の働き方のみならず、特に公立学校の教育がどのような状況にあるかを具体的に明らかにしている点だ。見えてくるのは多忙さだけではない。同調圧力や前例踏襲といった学校特有の文化、管理職などの配慮に欠ける言動、時に行われる不正、それでも助け合いながら我慢強く子どもと向き合おうとする個々の教員の姿など、職場としての学校の様々な側面を見て取ることができる。
 
 第二に、教員が多忙であること、またそれがなかなか改善しないことについて、それはなぜなのか、何が問題なのかといった背景事情を、種々のデータやファクトを通じて浮かび上がらせる。本書を通読することで、教員の長時間労働問題を解決するうえでの課題の所在についてより整理した形で把握できるようになるだろう。
 
 第三に、明らかになった課題の解決に向けたヒントや提言を、多くの専門家への取材から探っている点。教育について研究する学者をはじめ、文部科学相の諮問機関である中央教育審議会の委員、民間教育の担い手など、幅広い人たちに対策や提案を聞いた。末尾には、取材班として、連載取材で見聞きしたことを踏まえた具体的な改善策も提案する。
 
 先生が疲弊し、病み、授業準備がおろそかになっている現状を放置することは、学校教育の質の低下を見過ごすことと同義だ。教員に余裕がなければ、質の高い授業を受けたり、子どもの悩みについての相談を受けるなどしてSOSに気づいたりといった、最も重要な機能が果たせなくなる。これは単なる一業種の労働問題ではなく、子どもの学習や育ちの質にかかわる問題なのだ。
 
 本書が、この問題をよりよく知り、さらに考えるきっかけになれば幸いである。

朝日新聞取材班著『何が教師を壊すのか 追いつめられる先生たちのリアル』(朝日新書)

何が教師を壊すのか 追いつめられる先生たちのリアル 目次

まえがき  

第1章   崩壊する教員採用
 「#教師のバトン」炎上は必然だった
 教員の働き方改革の現在地
 「過去最低」を毎年更新する採用試験の倍率
 教師の労働環境に不安を抱く学生たち
 採用試験の門戸を広げる自治体
 教員の質低下を懸念する声も
 教員不足の顕在化。教員1人が2クラス同時に授業を受け持つ中学も
 新人教員の離職が増えている
 専門家の派遣、メンターチーム、採用前研修……様々な支援
 増加する「心の病」による休職
 ベテラン教師が倒れるケースも
 
第2章 定額働かせ放題の制度と実態
 いくら残業しても給与額が変わらない「給特法」の実態
 「残業代なし」のまま肥大化してきた教員業務のリアル
 「苦労は絶えないが、仕事は楽しい」
 「これって教員の仕事なのか」―疑問と限界
 「給特法」の存在が、極端な長時間労働を可能にした
 歯止めがなくなった、保護者の過度な要求
 高まる「給特法廃止」を求める声
 給特法の抜本改正議論が始まる
 公教育が崩壊する分岐点
 
第3章 変わらない部活指導
 近年、増え続けてきた部活動指導の負担
 想像を絶する部活指導の現実
 毎月の残業は100時間オーバー、完全に休めるのは月に1日
 任意のはずの部活動指導なのに「断りにくい」という現実
 国が打ち出した「地域移行」。その光と闇
 地域移行「後退」の衝撃
 部活で退職に追い込まれる例も
 根本からの変革「ダウンサイジング」が急務
 
第4章 ぼやける公私の境
 「オン」と「オフ」があいまいな実態
 産休中も生徒にばれないように出勤
 「妊娠は夏以降に」―管理職から指示された妊娠時期
 「学級担任だけは無理です」と伝えたのに
 教員の私生活を取り戻すには
 会議に保護者も参加してもらったら変化が起きた
 勤務時間の改ざんが横行
 公立小中の教員6人に1人は「勤務時間改ざんを求められたことがある」
 時間外労働130時間が時間に改ざんされていた
 
第5章 いま、教員は
 子どもへの影響
 多様になった不登校にきちんと向き合うために
 いじめの「芽」を見つけることが難しくなった
 深刻な公立中学離れ。過熱する中学受験
 学校現場の変化―短縮型運動会が増えている
 業務支援員、AI活用、オンラインアンケート……様々な工夫
 たった一人で始まった改革
 デジタル機器が充実しても改革が進まない理由
 現場の嘆き「教員免許の必要ない業務が多すぎる」
 中教審の議論のいま
 問題解決に向けてー特に重要な2つの問題点
 
あとがき