タモリさんも使っていた相手との距離を縮める魔法の言葉
小学6年生のとき、「魔法の言葉」を覚えました。当時、父の仕事の都合でアメリカ・ニュージャージー州に引っ越し、2歳違いの弟と一緒に地元の公立学校に入学。覚悟はしていましたが、早速、言語の壁が立ちはだかりました。サッカーボールひとつであっという間に友だちをつくった弟と違って、私はクラスになかなか溶け込むことができません。
日本の小学6年生は、現地では中学1年生に当たります。まさに思春期1年生。同級生たちはクラスでいかにクールなポジションを確立するかに必死。大人びて見えた彼女たちの会話に無邪気に入っていくのは難しく、かといって「私は私よ」と孤高を装うにはまだ幼い年ごろ。過剰な自意識にしばられて、また今日も一言も話せないのかと、日々、胃が痛い12歳……。
それでも1カ月が過ぎたころ、クラスメートの何気ない会話が耳に入ってきました。
「I like your hair!」
アイ、ライク、ユア、ヘア? ライクは好き、ヘアは髪。そういえばあの子は先週と髪形が違う。そうか、「あなたの髪形素敵ね!」って言っているんだ! それから意識していると、アメリカの女の子たちはとても褒め上手なことに気づきました。
「I like your new shirt!」(あなたの新しいシャツ、いいわね!)
「Thanks!」
そんなある日。ひとりのクラスメートが私の持ち物を見てこう言いました。
「I like your pencil case!Cool!」(あなたの筆箱いいね! かっこいい!)
それは日本から持って来た、いろいろなところが飛び出したりスライドしたりする多機能式筆箱でした。「サ、サンキューベリーマッチ!!」
私の筆箱は数人のクラスメートにあちこち触られまくることになったのですが、これをきっかけに、クラスメートと言葉を交わすことが増えていきました。
「アイ・ライク・ユア・◯◯」は、話のきっかけとしてとても便利な魔法の言葉です。この場合の「ライク」は、日本語では「いいね!」というような意味でしょうか。シャツの色や使いやすそうなペンなど、ちょっとしたことでいいのです。大切なのは「それ、いいですね!」の気持ちを声に出すこと。なぜならそれは、「私はあなたに関心がありますよ」という意思表示だからです。
「正面切って人を褒めるのはちょっと……」「なんか媚びているような感じもするし……」というシャイな人は、『笑っていいとも!』で32年にわたってゲストを迎え続けた名司会者、タモリさんのセリフを思い出しましょう。
「髪切った?」
たったこれだけの言葉で、「あなたに関心がありますよ」ということを示しています。たとえ「切っていません」という答えが返って来ても、そこで終わるのではなく、さらに勢いをつけてもう一歩踏み出してみる。
「そうですか、でもいつもと感じが違って見えたので。なんでかな」
「そろそろ切ろうと思っているのになかなか時間がなくて」
こんなふうに、髪の話題を起点にして、会話を続けていくことができます。これぞ日本語版の「I like your hair」構文!
思春期の私がクラスに溶け込むきっかけをくれた言葉を、タモリさんは日々、緊張しているであろうゲストに投げかけていたのですね。やはりタモリさんは偉大な方です。
「どうしよう、何を話そう、話題がない!」と必要以上に緊張せず、人に会ったらまず、相手の「いいね!」を探すこと。そして、それをきちんと口に出すこと。会話の基本は洋の東西を問わないのです。
(編集協力/長瀬千雅)