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クイズ王・伊沢拓司が解き明かす「クイズ王がボタンを早く押せる謎」

「高校生クイズ」で史上初の2連覇を果たし、「東大王」や「QuizKnock」創設で日本のクイズ界を牽引する伊沢拓司氏。彼が2年半を費やした大著『クイズ思考の解体』では、クイズを愛しすぎた“時代の寵児”が、「クイズ本来の姿」を長大かつ詳細に、繊細だが優しく解き明かしています。本について、また、愛してやまないクイズについて、伊沢氏に語っていただきました。(写真撮影:高野楓菜)

伊沢拓司『クイズ思考の解体』
伊沢拓司『クイズ思考の解体』

――過去の「クイズ王」の本とは、異色の内容となっているとのことですがその違いについて教えていただけますか。

伊沢:もちろん、この本も先人たちの系譜の中にあって、それこそ、北川宣浩さん(第2回アメリカ横断ウルトラクイズ優勝等)、道蔦岳史さん(クイズ番組14冠)、長戸勇人さん(第13回アメリカ横断ウルトラクイズ優勝等)といったクイズ界の先輩による書籍からの影響はあります。むしろ、現代のクイズ人たちが常識として身につけている理論や方法は、彼ら先人たちが築き上げてきたものなので、もう影響を受けずにはいられない。当たり前になりすぎて本では明言していない所も多いですが、僕が綴った理論、今ある早押しの理論は素晴らしい先輩方へのリスペクトなくしては語れないものです。

 そんな中でなにか新しいことを積み上げられたとすれば、網羅性の高さかなと思います。早押しクイズの問題文の「型」について、ひとつひとつ丁寧に取り上げながら解説したこと、これほど紙幅を割けたことは、過去にないことだと思います。丁寧に議論を行って体系化を目指し、それを理解するための前提情報、たとえばクイズの歴史なども極力省かず掲載した点に、自分としては新規性を見出しています。

――本書はクイズを「マジックからロジックへ」がコンセプトになっていますよね。伊沢さんは、「高校生クイズ」で史上初の二連覇を果たし、以降クイズ番組などで「マジック」に加担されてきた一方で、なぜ今「ロジック化」に踏み切ったのでしょうか?

伊沢:ひとつはタイミングですね。クイズブームとまではいかないですけれど、「東大王」や「QuizKnock」によってクイズへの注目が集まり、昔に比べたらクイズ業界への入り口が広がっているなというのをここ数年感じていました。入門編的な書物やウェブサイトも増えてきている中で、今こそ中級編だったり、より理論立てたものだったりを書いても大丈夫なタイミングなんじゃないかと。需要があるかな、と思って書きました。

 あとは、やはり「アマチュアクイズ」にルーツを持つようなクイズコンテンツ、それこそQuizKnockなんかは代表的ですけど、そうしたものが一般の方の目に触れることも増えてきて。そういうときに、我々の背景にあるものが誤解されてしまうともったいないなと思ったんです。

写真撮影:高野楓菜

 これまでの難問系クイズ番組って、解答理由の解説パートが難解だったり時間がかかったりという理由ですっ飛ばされてしまうケースが多くて、クイズ王がクイズ王になるまでの努力経過とかが見えづらかったんですよね。代わりに正解の根拠として使われたのが偏差値だったり、学歴だったりするわけですから今もそうした傾向は続いているんですが、種明かしをしない「マジック」のような演出手法というのが長く用いられていたわけです。これって再現性がないし、誤解もされてしまうもので。学歴があればクイズができるわけではない、ただただ勉強をしていればクイズができるわけではない、知識だけ蓄えればクイズができるわけではない。

 クイズというゲームを分析し、様々な方法で修練を積んで初めて「クイズというゲーム」それのみに強くなることができる、という本質的な構造を伝えていくべきタイミングだ、という思いが日に日に強まってきたんです。

 特に、私はそうした「マジック」を使う番組に多く出演してきましたから、後進のためにもある程度自分で自分のケツ拭かないとな、という思いもありました。

――1章の「クイズの歴史」では、膨大な資料に当たられたとのことですが、具体的にどのような研究を行われたのでしょうか。

伊沢:編集者の松浦さんに協力してもらって、国立国会図書館や朝日新聞社の書庫にある、「クイズ」にまつわる新聞、雑誌記事、書籍などを手当たりしだいに読みました。読みすぎてちょっとよくわからなくなった時期があったり、過去の文献が少なくてブラックボックスになっている部分があったり、そもそも書籍の記述が間違っていたり……苦難の連続でした。

 やはり過去の歴史の部分なのでデリケートな要素も多く、その時代に生きていたわけではないので肌感も理解しきれない。自分の目から見る史観を脱し得ない部分もあって、最終的には「QUIZ JAPAN」編集長の大門さんなどに相談しながらなんとかまとめました。

 ホントはもう少し各時点での当事者への聞き込みができたらよかったんですが、そうしたところで書籍だよりになってしまった部分が後悔であり、次への課題ですね。追えば追うほど、歴史の中の事実を明確な因果でくくることはできない、ということが学べました。様々な偶然が重なり合った結果として現在の歴史がなんだかんだ作られてしまった、という。後から因果を押しつけないように、というのが執筆後半のテーマになりました。

――本書で「東大生ブーム」や「東大王」、「QuizKnock」についても言及をされています。ご自身で作り上げたクイズ史を自ら客観的に分析されている点に驚きました。

伊沢:もしかしたら自分が記述者になるべきではないのかも知れないんですよね。ガッツリ現代の当事者なわけで、どうしてもバイアスがかかってしまうわけです。客観性は担保されていない。実際、QuizKnockとかはかなり褒めてますしね。いちおう第三者の書いたものを引用していますが、引用すら恣意的なものですから、どこまでいっても限界はあります。

 とはいえ、どれだけ割り引いても、QuizKnockや東大王の影響というのは無視できない。もちろん、良い方向も悪い方向も含めてですけれど。なので、触れましたけど、正直他人にやってほしかったというのが本音です。

 今回の書籍は全体的に誰かのアップデートに資するように、批判的発展があるようにという願いを込めて書いているので、ぜひ良い書き手が増えてくれるといいですね。

――伊沢さんが、力強くクイズブームを牽引されている背景には、このような冷静な分析と謙虚で誠実な姿勢があるということも読み取れます。

写真撮影:高野楓菜

伊沢:謙虚たろうとはしていますけど、やはり限界はありますね。本当に徹底的にやるのであれば、もっとインタビューをするべきだったし、いろいろなタイプの人に読んでもらうべきでした。思い込みも多々あるでしょう。

 たとえば、早押しの理論なんかは、どうしても現行のアマチュアクイズ界でメインに行われているものを主眼に据えているので、ありとあらゆる場面を想定できてはいません。「アタック25」的な、テレビショウを盛り上げるための早押しの構造などについては、注釈などでしか触れていないという状態です。本当に冷静な分析を行うなら、自分ひとりではなくて多くの書き手が様々な形で書き継いでいく、書き広げていく必要があります。

 現行のクイズブームについても、ただ私がどうこうしたというよりは、多くの人によって作られたクイズ文化の中で、たまたま私が目立つポジション、サッカーで言うならストライカーのポジションに立っていた、ゴール前にボールが回ってきたというだけ。ここまでボールを繋いできてくれた、アマチュアクイズのスーパープレーヤーたちがいるわけです。

 クイズの現場ではそういう人が頑張っていて、ただクイズを語る、クイズを書き記す、というところでいくと、前述の大門さんとか、青土社の「ユリイカ クイズの世界」に協力してくださった皆さんとか、どうしても数は減ってしまう。なので、現場にいる人達がもっと喋りやすいように、ということで、この本がたたき台になれば良いなと思います。

――2章の「問題文の分類」や「構造把握」の解説は見事でした。クイズがいかに「曖昧で無限の可能性のある言語」と深く関わっているか、問題文のデクレッシェンド構造、クイズの「推測の面白さ」や「発見の共有」など、クイズの奥深い「面白さ」がにじみ出る内容になっていると思います。

伊沢:こういう見方は、クイズをやっていない人には新鮮なものだと思います。もちろん型の話というのは古くからあって、長戸さんの名著『クイズは創造力』などでも触れられているんですが、「網羅」をテーマにするとかなり長くなる。それを、出版社さんに無理を言って実現しちゃったというのは、ひとつ誇れるポイントかなと思います。ある程度自分の考案した概念を交えつつ、理論についてもアップデートできたのではないでしょうか。

 とはいえこれだけの量を書いたので、書籍内で記述の矛盾が出ていないかはかなり気にしました。でもまだ漏らしがあるかもしれないので、今は戦々恐々としています。

 そもそも、クイズの「型」を示してしまうこと自体も恐れるべきことではあって。先程触れた「アタック25」的な構文とか、クイズの世界では「(旧)東大風」「シスエフ風」と呼ばれるような流派があったりとか、必ずしも型に当てはめられるような早押しクイズだけではないんですね。

写真撮影:高野楓菜

 本書では理解のために「早押しクイズというのは、時間経過に伴い情報がだんだんと増えていく、前半で押すとハイリスクだけど解答権が取りやすい、後半で押すとローリスクだけど他人と解答権を争うことになるものだ」と定義していますけれど、これはあくまで多数派の意見で、言葉のゲームである以上は例外をいくらでも作れるわけです。だから、本来は「こっからここまでが「型」ですよ」みたいな書き方は誤認を生みかねない。

 配慮して注釈をつけたつもりですが、あくまで私がやりたかったのは早押しクイズの規格化ではなく、脳内で起こっていることのモデル作り。クイズ文化へのリスペクトとの間で随分葛藤しました。まあ、「型」は型として成立した時点から崩壊していくものだとも思うし、規格化を恐れていたら何もできないので、最終的には「まあいいか」で書いちゃった感じです。

――「クイズ王がボタンを早く押せる謎」がここに凝縮されていますね。

伊沢:各問題文については、先鋭化され競技化された早押しクイズだけではなく、昔のアマチュアクイズシーンで取り入れられていたようなものも採用して幅をとったつもりです。

 すべては「なぜ早く押せるのか」のロジカルな解説、「構文が頭に入っていて、そこから選び取っていく」という思考過程を具体的に描こうという試みのためのものですね。いくつかの方をベースに推測してボタンを押している、とはいえその型の例示がないと分かりづらい、だから型を例示し、網羅性を高めた、みたいな流れだったので、問題として面白かはともかく、説明しやすい例をもってこられるよう頑張りました。

 もっとも、今のテレビ番組でこういう早押しクイズをやっている番組は少ないので、2.5章としてテレビでの早押しとの接続を図ったりもしています。テレビを見ているときに沢山答えられると嬉しいよね、みたいな。理論的にはおもねらぬまま、TVガイドとしても面白い原稿になったのかなと思います。

伊沢拓司
日本のクイズプレーヤー&YouTuber。1994年5月16日、埼玉県出身。開成中学・高校、東京大学経済学部を卒業。「全国高等学校クイズ選手権」第30回(2010年)、第31回(2011年)で、個人としては史上初の2連覇を達成した。TBSのクイズ番組「東大王」では東大王チームとしてレギュラー出演し、一躍有名に。2016年には、Webメディア「QuizKnock」を立ち上げ、編集長・CEOとして日本のクイズ界を牽引する。
Twitter @tax_i_ / QuizKnock http://quizknock.com/