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「宇宙で最初の星」の極めて微弱な光をとらえる…観測宇宙望遠鏡ジェイムズ・ウェッブの野望

「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」(以下JWST)は、2022年4月に本格運用が開始されて以降、かつてないほど鮮明な天体画像を続々と地球へ送り届けている。その解像度はすさまじく、もし同機の主鏡を東京駅から西に向ければ、直線距離で約550キロも離れた岡山駅にあるサッカーボールを識別できるほどだ。その主鏡口径は6.5メートルと巨大で、ハッブルのものと比較すれば直径は2.7倍、面積比では7倍を誇る。
 スペックもさることながら、開発費も巨額だ。1996年の計画始動当初、その予算は5億ドル、当時のレートで換算すると約545億円ほどだったが、設計変更が重なり開発が長期化した結果、設計寿命まで運用した際の生涯費用は97億ドル。2022年度NASA予算では、1ドル=132円換算で約1兆2,800億円と算出された。一機の観測機に割り当てられた予算としては、まぎれもなく過去最高額である。
 では、なぜこれほどの機体をNASA(米航空宇宙局)、ESA(欧州宇宙局)、CSA(カナダ宇宙庁)は協働して打ち上げたのか? 国立天文台の縣秀彦監修、鈴木喜生著『宇宙望遠鏡と驚異の大宇宙』(朝日新聞出版)から、その理由と目的を紹介したい。

縣秀彦監修/鈴木喜生著『宇宙望遠鏡と驚異の大宇宙』(朝日新聞出版)
縣秀彦監修/鈴木喜生著『宇宙望遠鏡と驚異の大宇宙』(朝日新聞出版)

 JWSTの使命は多岐にわたるが、そのひとつに「ファーストスター」の発見がある。ファーストスターとは、宇宙で最初に生まれた星や銀河のこと。つまりJWSTはビッグバンの発生以後、宇宙空間にはじめて光を放った天体を見つけ出そうとしているのだ。

 ビッグバンは138億年前に発生したことが判明している。ビッグバン直後にはまだ星はなく、宇宙は暗黒な空間でしかなかった。やがて宇宙空間を漂う水素やヘリウムがガスとなって集積し、ビッグバン発生後、1億年から2億5000万年が経過したころ、やっと「ファーストスター」が誕生し、はじめて宇宙に光をもたらした。

 136億年の昔、136億光年の遠方で発せられたファーストスターの光は、136億年かけて地球に向けて飛び続け、いまやっと地球に到達している。その極めて微弱な光をJWSTはとらえようとしている。

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡と、同機が撮像した渦巻銀河「NGC 7496」 (C)Adriana Manrique Gutierrez, NASA Animator(機体) (C)NASA, ESA, CSA, Janice Lee (NOIRLab)(天体)
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡と、同機が撮像した渦巻銀河「NGC 7496」 (C)Adriana Manrique Gutierrez, NASA Animator(機体) (C)NASA, ESA, CSA, Janice Lee (NOIRLab)(天体)

 ただし、ファーストスターの光は、私たちが目視できる可視光線では捕捉できず、赤外線でしか観ることができない。なぜか。これを理解するには先に、「電磁波」の理解が必要になる。ちなみに、ハッブルは主に可視光線を観測する宇宙望遠鏡だが、JWSTは「赤外線宇宙望遠鏡」である。

 電磁波と聞いてもピンとこないかもしれないが、その仲間は私たちになじみ深いものばかりだ。電磁波とは、医療機器にも使用される「ガンマ線」や「X線」、私たちの肌にダメージを与える「紫外線」、ヒトが目で見ることができる「可視光線」、テレビのリモコンにも使用される「赤外線」、テレビやラジオに使用される「電波」などに大別され、それぞれに波長の長さが異なることは、記事「宇宙望遠鏡が教えてくれる『地球はどのように生まれたのか』『宇宙はなぜ誕生したのか』『私たちはどこから来たのか』」で説明した。少々難しくいえば、電磁波とは「電界と磁界が組み合わさったもの」と説明できる。金属に電気を流すと磁石になるが、それと同じ原理だと思うとイメージしやすいだろう。また、「電磁波は空間を進むことができる」という特徴も持つ。

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の反射鏡の単体。これが18枚組み合って主鏡が構成されている (C)NASA / Goddard / Drew Noel
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の反射鏡の単体。これが18枚組み合って主鏡が構成されている (C)NASA / Goddard / Drew Noel

 さて、ファーストスターが136億年前に発した光は、136億年の旅を経て、やっといま我々のもとへ届いているが、じつはその間、宇宙はずっと膨張し続けている。一定の波長を持つ可視光線が、膨張し続ける空間を136億年にわたって飛び続けると、どうなるのか。実は可視光線の光は、宇宙空間とともにそれ自体の波長も引き伸ばされ、現在の地球に届くころには波長の長い赤外線に変化する。この現象を「赤方偏移」という。

 つまり、ファーストスターが発した光は、現在の地球では可視光線として見ることはできず、赤外線でしか観測することができない。この赤外線こそがJWSTのターゲットとなる。

 JWSTのような赤外線望遠鏡が打ち上げられる理由、つまり赤外線による観測の利点はもう一つある。

 宇宙空間にはガスやチリなどが存在するが、可視光線で観測すると、視界はそれらに遮られ、さらに遠方は見ることができない。しかし赤外線の場合は、そのガスやチリの奥に広がる天体を透視することができる。

 この現象を、同じ電磁波の仲間である電波、ラジオに例えてみる。FMラジオの電波(超短波)は、波長(1~10メートル)がビルより短く、建物にぶつかって超えることができない。しかし、AMラジオ(中波)の場合は、途中にビルがあっても遠くまで届く。それはAMラジオの波長(100m~1キロ)がビルの幅よりも長く、ビルを迂回(うかい)するためぶつかることなく、さらに先へ進むことができるからだ。

 つまり、136億光年離れた遠方で発せられた光を見つけるには、FM電波のように波長の短い可視光線による観測より、AMのように波長の長い赤外線のほうが有利といえる。

巨大なサンシールドやミラーはロケットに搭載する際にはコンパクトに折り畳まれ、打ち上げ後に宇宙空間で展開される (C)NASA, ESA, CSA, Joyce Kang (STScI)
巨大なサンシールドやミラーはロケットに搭載する際にはコンパクトに折り畳まれ、打ち上げ後に宇宙空間で展開される (C)NASA, ESA, CSA, Joyce Kang (STScI)

 JWSTの機体は特殊な形をしている。魔法のじゅうたんのようなサンシールド(日よけ)は長さ21メートル、幅14メートル。つまりテニスコートとほぼ同じサイズだ。ではなぜJWSTはこんな特殊な形状をしているのか?

 前述したとおりJWSTは、遠方の星が発したかすかな光、赤外線をキャッチする。しかし、赤外線は太陽や地球などの熱からも放射されている。そのためJWSTは巨大なサンシールドを常に太陽、地球、月の方向へ向け、その熱を徹底して排除しつつ、ファーストスターからの微弱な赤外線をとらえようとしているのだ。

 太陽光などにさらされる機体底部の温度はセ氏125度まで上昇するが、サンシールドは多層構造になっているため、その熱は観測機器が搭載されている機体上部まで届かない。

 機体下部が高温になる一方で、機体上部は極寒の宇宙空間においてはセ氏マイナス233度まで下がる。JWSTの観測機器は、この超低温の環境下でも確実に働くよう設計されており、なかでも中赤外線を捕捉する観測機器「MIRI」は、絶対零度(マイナス273度)に近いマイナス266度でも動作する。遠方の星が放つ微細な赤外線をキャッチするには、こうした超低温環境が必要なのだ。

 あらゆる技術を駆使して開発されたJWSTは、地球から150万キロ離れた月の向こう側の領域(太陽と地球におけるラグランジュ点L2ポイント)から、定期的に「新作」を地球へ送り届けている。もしウェブニュースなどでそうした画を目にしたら、かつて人類が観たことのない宇宙の真の姿を、あなた自身がリアルタイムで享受しているんだ、と実感してほしい。

(ライター・鈴木喜生/生活・文化編集部)