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大谷翔平がアメリカの小さな少年野球チームに与えた「希望」

 1試合8打点に1試合13奪三振と、今年も勢いが止まらないエンゼルスの大谷翔平選手(27)。現地・アメリカでは日本ではあまり知られてない、大谷をめぐるさまざまな“ドラマ”がある。。大谷翔平の番記者を務めた経験もある在米ジャーナリストの志村朋哉氏の新著『ルポ 大谷翔平 日本メディアが知らない「リアル二刀流」の真実』(朝日新書)から一部を抜粋・編集して掲載する。

志村朋哉著『ルポ 大谷翔平 日本メディアが知らない「リアル二刀流」の真実』(朝日新書)

■「オオタニ」を愛する3歳の少年

 大谷がメジャー2年目だった2019年秋、物心がついた時から野球が好きでたまらない自分の息子(当時3歳)を地元の少年野球リーグに入れた。他に手を挙げる親がいなかったので、私は息子のチームの監督を任された。

 3~4歳で構成されるこの最年少ディビジョンに参加するのは、よほどの野球好きか親が熱心な子どもたちなので、人数は4チームだけ、合わせて30人弱しかいなかった。アウトや点数も記録せず、子どもが楽しく体を動かすことが目的である。言葉もたどたどしい幼児たちが、ぶかぶかのユニホームを着て、一生懸命に走って、投げて、打つ姿はかわいい。

 私が任されたのは、メジャーリーグの球団名にちなんだメッツというチーム。偶然にも、息子を含めてやる気のある子が3~4人集まったため、残りの子たちも触発されて全員がメキメキと上達した。半ば無理やりバッターボックスに立たされる子どもが多いリーグで、メッツは当たり前のように強烈なライナーを放ち、他チームの親を驚愕させた。

 そんなメッツの中でも特に熱心だったのが、当時3歳になったばかりのルーカスくん。いつも練習に来るなり、キャッチボールやノックをしてほしそうに私に近寄ってきた。打撃練習では、こっちが心配になってやめるまでティーに置かれたボールを楽しそうに何十球と打ち続ける。

 母エイプリル・マルティネスさんは、エンゼルスの地元オレンジ郡在住にもかかわらず、大のヤンキースファン。ルーカスくんはお母さんの影響で、いつもバットとボールを手に、メジャー中継を見ながら育ってきた。

 そのルーカスくんに一番好きな選手は誰かと聞いてみたら、なんと大谷翔平という答えが返ってきた。まだ舌足らずで、普段はほとんど何を言っているか理解できないのだが、この時は大人でも覚えづらい「オオタニ」をハッキリと口にした。

「昨シーズンから大ファンなんですよ」とマルティネスさんは言った。「エンゼル・スタジアムで大谷が打席に立つたびに観客が盛り上がっていたからだと思います。ルーカスはテレビの前で、いつも大谷のスイングをまねようとしています」

 メールアドレスを見ただけでファンだと分かるヤンキース一筋のマルティネスさんだが、息子が大谷のようになりたいのは大歓迎だという。

「ルーカスにはスポーツマンで人間的に優れた選手を目標にしてほしい。大谷の態度はプレーに限らず模範的です。ダッグアウトにいる時も、ちゃんとチームメートの応援をしている。野球は一人ではできない。ルーカスには、それを学んでほしい」

■大谷にほれた野球狂

 私がコーチを務めていたメッツで、誰よりも打球を飛ばしていたのが、当時3歳のクリスチャンくん。自らを野球狂と称する父ティム・ウェリンガさんの影響で、立てるようになる前からボールを投げていたという。

 シカゴで生まれ育ったウェリンガさんは、「超」がつくほどのシカゴ・ホワイトソックスのファン。他球団の選手に肩入れなどするなと、周りから刷り込まれてきたという。にもかかわらず、そのウェリンガさんが、野球界で最も注目しているというのが大谷だ。私が大谷の記事を連載していると漏らすと、興奮して大谷のすごさを語り始めた。

「彼は常識をくつがえす選手です」とウェリンガさんは語った。

大谷翔平が野球界で最もエキサイティングな選手だと言い切るティム・ウェリンガさんと息子のクリスチャンくん(撮影:志村朋哉)

「ピッチャーとしてエース級で、打撃でもトップクラスであることを証明した。ベーブ・ルースでも現代では無理だったと思います。これ以上、エキサイティングでユニークなことがスポーツ界でありますか?」

「息子は投げるのも打つのも好きです。大谷のおかげで、父親として子どもに二刀流という大きな夢を持たせてあげることができるようになりました。不可能という思い込みから、僕らを解放してくれたんです」

 ウェリンガさんが初めて大谷のことを知ったのは2016年にさかのぼる。ウェリンガさんは、実在の選手を編成してチームを作り、実際の活躍に応じて入るポイントで競い合う「ファンタジーベースボール」というシミュレーションゲームを仲間とリーグを作って、何年もやり続けている。これからメジャーリーグに来て活躍しそうな選手を早めにチームに加えるため、世界のリーグに目を光らせていたが、ダルビッシュ有のような投手を見つけようと日本の野球を調べていたら、大谷の名前が出てきた。しかし、YouTubeで検索すると、出てきたのはホームランをかっ飛ばす大谷の動画だった。

「日本だと投手と打者の両方でやるのが普通なのか」と疑問に思った。しかし、見ていると、大谷が打つのは、たまたまではなく特大のホームラン。「これは絶対に取らねば」と思った。「この日本人選手は次のベーブ・ルースになる」とリーグの仲間に自信満々で言ったら、仲間から「そんな訳ないだろ。良い投手にはなるかもしれないけど、二刀流は日本ではできても、アメリカじゃ無理だ」と鼻で笑われた。

■すべての野球少年のロールモデル

 大谷がメジャー挑戦を発表した時は、「下部組織に良い選手がそろっているホワイトソックスを選んでくれるのではないか」という期待もあったが、それはかなわなかった。でも、エンゼルスを選んだ時は、「いつでも球場に見に行ける」と喜んだ。

 アメリカに来た大谷をテレビや球場で見た最初の印象は、「子供のような無邪気さがある」だった。あれだけ能力があるのだから、「もっとシリアスで高飛車なのかと思っていた」と言う。しかし、ふたを開けてみれば、いつも笑顔で発言も謙虚だった。

「野球のうまさを抜きにしても、彼のことを嫌う人はいないでしょう」とウェリンガさんは言う。

 二刀流は無理だと言う周りの野球ファンに「ムキになって」反論しているうちに、大谷が現役で一番好きな選手になったと振り返る。

 1990年代に少年時代を過ごしたウェリンガさんは、他の子供と同じく、華やかなプレーや性格で絶大な人気を誇ったケン・グリフィー・ジュニアのファンだった。しかし、大谷の2021年の活躍で、自身の中でそのグリフィーを超えたと話す。二刀流という誰もできないことをやった。しかも、投打のそれぞれでトップレベル。「ホワイトソックスの選手ではないから応援できない」という次元を超えた、「Anomaly(通常の枠組みを逸脱しているもの)」なのだと言う。

「野球ファンとして、彼に敬意を示さなくてはならない。翔平は応援するけど、エンゼルスは応援しない術を身につけました。エンゼルス対ホワイトソックスの試合では、翔平が6回くらいを抑えた後に、エンゼルスのリリーフ陣が打たれてホワイトソックスが勝てばいい。簡単なことです(笑)」

 息子を含めて、大谷は全ての野球少年のロールモデル(お手本となる人物)だと述べた。

 野球の実力はもちろんだが、お金や周囲の期待に振り回されない「強い芯」があるからだと言う。

「彼は僕らが野球を愛する理由を体現してくれている。若い世代は地位や人気やお金のことばかり気にしていると思われていますが、大谷はその逆です。人気球団のヤンキースに行かず、2年待てば2億ドル以上の大型契約を結べたにもかかわらず、早くアメリカにやってきた。子どものように純粋に野球が好きなんでしょう。彼は野球が必要としているスターなんです」

(在米ジャーナリスト・志村朋哉)