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目をそらすたびに、命が消える/許されない「カワイイ」の裏側ビジネスを暴く

太田匡彦さんの『猫を救うのは誰か ペットビジネスの「奴隷」たち』(朝日文庫9月6日発売)が刊行されました。
 猫は蛍光灯を1日12時間以上あてると、年3回は産める――。
 人の都合で無理な繁殖、病を招く交配、幼くても出荷、「不良在庫」を引き取る闇商売……。「かわいい」の裏側で、犬や猫たちがビジネスの「奴隷」となっている現状。足かけ17年取材を続けてきた太田記者が、ペットビジネスの凄惨な実態を暴いています。
 2019年に刊行された『「奴隷」になった犬、そして猫』から、さらに取材を重ね、大幅な加筆修正して、文庫化した本書の「文庫版まえがき」と「目次」を特別に公開します。

■文庫版まえがき

 いつの間にこうなったのか。気付けば猫は「買うもの」になりつつある。

 動物愛護団体がいま一生懸命に野良猫を捕獲し、不妊・去勢手術を施し、元いた場所に戻す「TNR活動」を行っている。外で暮らす猫を徐々にでも減らし、殺処分されてしまう不幸な命が生まれるのを防ぐためだ。
 外で暮らす猫をゼロにするのは遠い道のりだ。でも進んでいけば、確実に「殺処分ゼロ」に近づく。地域単位では、屋外で猫を見かけなくなったところも出てきた。
 ただ、懸念がある。この活動が成果をあげていった先にある世界では、猫は「買わなければ手に入らないもの」になるかもしれない。
 考えてみれば、犬がそうだった。かつて犬を飼おうという時、野良犬の子を拾ってくる、近所で生まれた雑種をもらってくる、というのが主流だった。ところがこの数十年ですっかり、ペットショップで純血種を買うのが当たり前になった。
 狂犬病予防法があるから犬と猫で事情は異なる。それでも、ペットビジネスの犠牲になる猫がいまより格段に増えていくのではないか――。そんな不安をおぼえる。

「二種類の動物だけが、捕虜としてではなく人間の家庭に入りこんできて、強いられた奴隷の身分とは別の身分で家畜となった。イヌとネコである」
 ノーベル生理学・医学賞を受けた動物行動学者コンラート・ローレンツ氏は著書『人イヌにあう』(訳:小原秀雄、原題:So kam der Mensch auf den Hund、初版:1949年)でそう記した。
 確かに、現代において犬たち、猫たちは人間にとって「家族の一員」と言えるまでの存在になっている。だが一方で、同書の初版発行から年月を重ね、日本には「奴隷」の身分を強いられる犬、そして猫が存在するようになった。命の「大量生産」「大量消費(販売)」を前提とするペットビジネスの現場にいる犬、猫たちのことだ。
 狭いケージに閉じ込められたまま生産設備として扱われ、その能力が衰えるまでひたすら繁殖させ続けられる犬、猫たち。物と同じように市場(いちば)で競りにかけられ、明るく照らされたショーケースに展示され、時に「不良在庫」として闇へと消えていく子犬、子猫たち。

 繁殖から小売りまでの流通過程では、劣悪な飼育環境下に置かれるなどして毎年、少なくとも2万5千匹前後の命が失われている。
 他方で、2022年度には全国の自治体で1万7241匹もの犬猫が殺処分された(環境省調べ、負傷動物を含む)。
 ペットショップの店頭で子犬や子猫を眺めていても、犬や猫を迎えて一緒に暮らしていても、多くの人は、こうした「奴隷」の存在を意識することはないだろう。

 犬や猫などのペットは間違いなくかわいい。かわいい犬や猫に接したり、動画を見たりしていると確かに癒やされる。だが、犬や猫の「かわいさ」だけを一方的に消費することは、命への無関心と表裏の関係にある。無関心は、かわいさの裏側にある、過酷な運命をたどらざるを得ない犬猫たちの存在から、目をそむけさせる。
 結果として、ペットビジネスの現場で苦しむ犬、そして猫たちは救われることなく、その苦しみはそのまま次の世代にも受け継がれていく。

 この状況に風穴をあけたい。そう思い、私は取材を続けてきた。その成果はこれまで朝日新聞やAERA、週刊朝日など様々な媒体で記事にしてきた。また、13年7月に文庫版の『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』(朝日文庫)を、19年11月には単行本『「奴隷」になった犬、そして猫』をまとめた。それから約5年。この度、19年に出版した単行本を文庫化する機会をいただいた。
 この間、ペットビジネスを巡って一つ大きな変化があった。犬猫の繁殖業者やペットショップの飼育環境を改善し、悪質業者を淘汰(とうた)する「切り札」になるとされる、「8週齢規制」と数値規制を盛り込んだ「飼養管理基準省令」が21年6月、施行され始めたのだ。
 そこで文庫化にあたり、既存の章を大幅に改稿したうえで、新たに第5章「数値規制をめぐる闘い」と第6章「アニマル桃太郎事件から、5度目の法改正へ」を加筆した。また冒頭に書いたように、猫がペットビジネスの犠牲になるおそれが拡大していることから、第1章「猫ブームの裏側、猫『増産』が生む悲劇」を中心に猫に関する情報を手厚くした。あわせて、編集者のアドバイスに従ってタイトルそのものも変更した。

 本書に登場する人物の所属先や肩書、年齢、団体・組織の名称、調査結果のデータなどはいずれも原則として取材当時のもの。なかには故人もいる。
 遠くない将来、日本の犬猫たちを覆う「闇」が過去のものとなっていてほしい。ペットビジネスの現場にいる犬たち、猫たちが救われていてほしい。その願いを込めて、改めてこの本を世に送り出す。

太田匡彦著『猫を救うのは誰か ペットビジネスの「奴隷」たち』(朝日文庫)

■猫を救うのは誰か ペットビジネスの「奴隷」たち 目次

文庫版まえがき

第1章 猫ブームの裏側、猫「増産」が生む悲劇

増え続けた猫とアンモニア臭/猫ブームと繰り返される過ち/「8年でほぼ2倍」増える猫の流通量/「増産態勢」――コントロールされる発情期/「子猫は死ぬと冷凍庫」/猫ブームの恩恵とその行く末/懸念される遺伝性疾患/「折れ耳」に隠された疾患/ブームの過熱と殺処分/ブリーダーの使命/野良猫と「エサやり禁止条例」/「TNR」/環境省の見解と自治体の反発/不幸な猫を減らしたい/「大きくなったら保健所にいる猫を救いたい」/好悪を超えて

第2章 「家族」はどこから来たのか、巨大化するペットビジネス

子どもを超えた犬猫の数/「番犬」から「家族」へ/生体販売ビジネス/業界大手、「脱生体販売」に対する考え/ペットの値段はどう決まるか/大量生産・大量販売を可能にした「競り市」/競り市では何が行われているか/競り市とペットショップ各社のスタンス/売れ残った〝在庫〟はどこへゆくのか/ペットの健康チェックと「入荷基準」/「目立って多い」日本の犬の遺伝性疾患/子犬・子猫の遺伝子検査/遺伝性疾患は減らせているのか/遺伝子疾患の予防/「すべては人によるセレクションの結果」/あとを絶たない購入時の健康トラブル/命とコストの問題

第3章 12年改正、あいまい規制が犬猫たちの「地獄」を生む

「金網」のなかの犬たち/「骨抜き」にされた改正動物愛護法/犠牲のうえのペットビジネス/横行する「回しっこ」、闇ビジネス「引き取り屋」/「僕みたいな商売……、必要でしょう」/効果なき行政指導と問題業者の継続/あいまいさが招く悲劇/なぜ犬猫は死ななければならないのか/政治家が救える命

第4章 19年改正、8週齢規制ついに実現

環境省は抵抗勢力?/8週齢規制導入の「科学的知見」/ワクチン接種と8週齢規制の必要性/8週齢規制に「科学的根拠」があるのかどうか/不自然な検討結果/存在しなかった「出典」/幼ければ幼いほど高く売れ、コストも減る/8週齢規制に反対する国会議員/8週齢規制ついに実現か/日本犬と洋犬は「異なる」/突如、規制から外された「天然記念物」/「大改正」の要点

第5章 数値規制をめぐる闘い

19年改正の大きな「宿題」/ペット業界の危機感/数値規制に対する環境省の姿勢/対立した3項目/変わりだした「風向き」/環境省案の「穴」/ペット業界の反発/規制案の二つの問題/「行きどころがない」/施行の先送り/解説書に残った課題/バトンは「現場」に渡された

第6章 アニマル桃太郎事件から、5度目の法改正へ

行政はなぜ機能しなかったのか/全国の自治体の現場では/「レッドカード基準」は機能しているのか/見えてきた新たな課題/結果として悪質業者を助けていた/始まる規制に向けて/現状を把握し、透明化させていく/「軽い」判決/「下請け愛護」とは/出生日偽装/「正直者が馬鹿を見る」状況に/5度目の法改正に向けて

終章  幸せになった猫

「ひなたぼっこ」/「大切な同居人たち」/重たい「ヨロイ」を脱ぎ捨てて/「犬や猫と一緒に暮らしていると、人生の幅が広がる」/橋本さんと月子/「最後の飼い猫」

文庫版あとがき

解説 坂上 忍