第4話 電気椅子 後編
■ASJダウナー
彼とマイティ東天紅をするうちに、私はある重要なことに気がついた。
白を引くとバイブレーション機能を授かること・・・ではない。
白が3枚以上あると指をくわえて天井を見つめることでもない。
彼は自分の手牌が悪いとまったくトリップしないのだ。
始めこそグッドトリップで200ポイントほど稼いでいたが、セット中盤からは運もテンションも沈みつづけ、ひたすら点棒をはらう機械になってしまっていた。
こうなるとあさじんさんはとてもマナーが良くなる。
私はこの現象を ASJダウナー と呼んでいる。
トリップしたあさじんさんも素晴らしいが、物静かで機械的なあさじんさんも好印象だ。
私は、詐欺に遭った祖父を元気づける孫を演出してフォローした。
「おじいちゃん、元気出してっ」
あさ 「 廃 」
機械音かと思った。
■本気ダウナー
それから数時間後 セットも終盤になる頃。
あさ「ハァ・・・ハァ・・・リーチです!!!!!!」
彼は顔を紅潮させて叫んだ。
なぜ座っているだけでそんなに疲れているのですか?なんて野暮な質問はしない。
トリップという有酸素運動が始まったからに決まっているからだ。
最後のマグマが敗北者を天に突き上げようとしている。
ついにラストトリップが始まった・・・。
数巡後
「ハァ・・・ウゥ・・・」
「ツモ!!!(꒪O꒪)!!!」
そう叫んだ途端、彼は立ち上がった。
「ちょちょちょ、ちょっとアタマを冷やしてきますっ」
そう言い放ち、そそくさとお手洗いへ向かってしまった。
かもしんさんと私がポカンとしていると、あっさじーんさんはすぐに戻ってきた。
彼の顔はさっきよりも青白く、動悸や息切れも完全におさまっている。まるで別人である。
かもしんさんと私は顔を見合わせ、彼の腕に注射痕がないことを確認してからゲームを再開した。
あとでトイレも調べておこうと思った。
それから数十分、彼はひたすら怒張し続け、フィニッシュまでマグマが鎮まることはなかった。
そして、ついに勝負が決着した・・・。
終わりよければすべてよし。彼は勝利者インタビューを受けるボクサーのような清々しい顔をしていた。
彼はこの日 1000ptのマイナス を叩いた。
■千の風になって
お気持ち表明 の時間である。
お気持ち表明とは、それまでのアガりによって貯まった「気持ちポイント」を精算することだ。
「それじゃ計算するね」
「あさじんさんはちょうど-1000だから、-20,000気持ちポイントだね」
あさ「 灰 」
ダウナーあさじんは今のお気持ちを表明した。
「すみません、こんなに負けると思ってなくて、、、気持ちはあるんですが、手持ちがないです、、、すぐにはちょっと、、、」
( え??? )
私は介護士である両親のもとに生まれ、厳しく育てられた。中でも執拗に叩き込まれた格言がある。
『麻雀でツケにされても、介護費だけはツケにさせるな』
素晴らしい言葉である。教科書に載っても良いとさえ思う。
しかし目の前にいる齢36のダウナーあさじんに対して、私は強く言うことはできなかった。
「あさじんさん、わかりました。今日は忘れちゃったんだね。じゃ次回持ってきてくれるかな?」
私は保険証を忘れた患者さんにお願いするセリフを丸パクリし、彼は了承した。
あさ「あ〜~〜」
帰り際、ふと彼を見ると発声練習をしていた。
私は(1000ポイント負けたから『千の風になって』を歌うのか?)と目を輝かせた。
あさ「なに見ているんですか?」
私の目は輝きを失った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜、私はコーヒーを飲みながらYoutubeで『千の風になって』を聴いていた。
するとLINEの通知でスマホが光った。
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【 第5話 蜘蛛の糸 前編 】