第18話 マグナムトルネード アサジンクラッシュ編
「怒り」という感情はどういう仕組みなのか、私は常々考えている。
人はさまざまなケースで怒ると考えられる。
顧客がドタキャンしたとき。
顧客が待ち合わせに80分遅刻したとき。
顧客に親身になってアドバイスしていたら突然話題を切り替えられたとき。
人は自分の想像どおりにならなかったとき、「怒り」の感情が湧き出てくる。裏を返すと、想定さえしていれば、失礼な発言に対して怒りは湧いてこないのである。
つまり、怒りの中には「驚き」が隠れているのだと私は思っている。
私は介護士であり、さまざまな状況を想定しているので、要介護度3であるあっさじーんさんに対して怒ったことはないが、一般人なら最低30回はネイルハンマーでコツンとやっているだろう。
果たして彼が私の想像を超えてきたとき、私に怒りの感情は湧くのだろうか。
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1月中旬。
あさ 「もうピンなんか、本当に打ちたくないんです」
あっさじーんさんはギャンブル依存に悩んでいた。圧倒的金欠、圧倒的浪費癖の状態でも雀荘へ行ってお気持ちを表明してしまうのである。
世間では、50代の約3割が「貯蓄ゼロ」世帯だと騒がれているが、30代後半であるあさあさのじんは圧倒的貯蓄マイナス世帯だ。
これを打開するために、彼は自らに重い枷をはめた。
「転居するまでにピンのフリーへ行ったら、あさじんさんは私に10万気持ちポイントを表明し、ピンのフリーへ行かずに転居できたら1万気持ちポイント分の麻雀講義を私が行なう」
素晴らしい考えだと思う。ここまで自分を追い込める彼ならば、きっと遂行するだろう。そう思い、私は彼の牌譜を精査し始めた。
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その後。
ここで思い出していただきたい。
彼は「転居の資金を貯めるために、ピンのフリーを自ら禁じた」のである。
私は思った。
(ピンに行かなくてもテンゴに行きまくってたら意味なくない??)
そもそも、彼が転居のためにフリーを我慢できたら、そのお祝いとして私は1万円分の講義を行なうのだ。ピンに行かずにテンゴに行きまくってるようでは、心からのお祝いなど決してできない。
当然、彼に直接伝えた。
私 「あさじんさんが本気で資金を貯めるというから勝負に賛成したんですよ。ピンに行かなくても、テンゴやサンマフリーに行きまくっていたら意味がないのではないでしょうか?」
あさ 「いや、収支がマイナスになった時点で行かないから」
まったく意味がわからない。
彼はあさじん語のような言葉を発したが、ハッキリ言って解読するのも面倒だったため、私は日本語でゴリ押しした。
私 「転居のために資金を貯めるのが目的なのですから、そもそも雀荘へ行くべきではないでしょう。テンゴは増える可能性のほうが低いわけですから」
あさ 「なるほど。2ヶ月くらいフリーを断つか」
2月下旬。
こうして新たなクエストが追加された。
「レートに関係なく、あさじんさんがフリーへ行ったら3万気持ちポイント。行かずに転居できたら、お祝いとして私が1万円分の講義を行なう」
私は彼の成功を願いながら、麻雀講義の資料を作り続けた。
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4月上旬。
あさじんさんの転居は4月下旬ごろを目安にしていた。
あと20日ほどもすれば、この月の給料も併せてすぐに転居できることだろう。
私はこの頃にはすでに2万円分=約12時間分の講義の資料を作り終えていた。
頑張った彼へのご褒美と思えばこんなもの苦ではない。そう思っていた。
ところがある夜、想像の斜め上のツイートが私の目に飛び込んできた。
一瞬、私の脳がおかしくなったのかと思った。
「あさじんさんが雀荘へ行くかどうかの勝負」は夢だったのだろうか?
そう不安になりながらツイートを0.1秒でスクショして、あさじんさんに送ってみた。
私 「ピンのフリーに行ったら10万という賭けは覚えていますか?」
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私のメッセージに既読がついて20分ほど経ってから返事がきた。
あさ 「いや、さすがに今回は例外ですよw それに恩人に頼まれたのでやむを得ません」
私 「ツイートには『突然麻雀を打ちたくなったから自分から提案した』と書かれていますけど」
あさ 「いや、これはまあ、ツイッターでのネタですよw」
どんなに鈍感な人間でもわかる。1000%ウソである。
彼のデタラメな誤魔化しを真っ向から論破しても良かったが、思い通りにならないからと言って、こちらが怒っても問題は解決しない。
自分の正しさを強引に主張して上司に殴られるのはあさじんさんだけで良い。
ここは「押してダメなら引いてみろ」で勝負するところだ。
私 「そんなぁ・・・あさじんさんが『フリーに行ったら10万』と自分から言い出したその覚悟に感銘を受けたから、僕はあさじんさんが雀荘に行ってるかどうか調べようともしなかったんですよ・・・。資料も頑張ってたくさん作ったのに・・・。」
あさ 「・・・・・・いや、面目ないです。実は完全に賭けのことを忘れていました」
私 「そもそも勝負に負けたときはどうするつもりだったんですか?10万気持ちポイントってあさじんさんにとって結構大金ですよね」
あさ 「あれは絶対に破れないからこそ、己の制約になると思い、提案したんですよ」
ここまで加減せずに自分にボディブローを叩き込める男を私は知らない。本当にカッコイイなと思った。
あさ 「このような状況なのでもうお伝えしますが、実は澤田さんに返さねばならないお金がありまして、いま遊図の給与はそのまま澤田さんへの返済に充てています」
私 「おやおや、そうなんですか。何のお金ですか?」
あさ 「部屋に置いてあった、僕が代わりに転売した自動卓の代金です。4割をもらう約束だったけど、そのころ生活が安定していなかったので、使い込んでしまいました」
私 「え?売上の10割を使ったということ?」
あさ 「灰」
私 「家賃ゼロで普段のお仕事と転売の売上もあって、どうしてお金がなくなっちゃうんですか?」
あさ 「わからないです」
「わからない」という返しがもうオワっているが、だいたい外食やギャンブルだろう。
あさ 「とにかく、卓代がだいぶ返済できてようやく残り9万ほどになったので、これを完済してから今回の10万を表明します」
後になってわかったことだが、卓の売上は27万近くあったそうだ。
家賃ゼロなのに2ヶ月で27万をすべて使い込んだらしい。
ハッキリ言ってぐちゃぐちゃのぐちゃぐちゃだ。
こうして「ピンのフリーへ行ったら10万」と「フリーへ行ったら3万」のクエストを同時に達成したあさあさのじんは、13ヶ月かけて13万気持ちポイントを表明することになった。
私にとって想像をはるかに超えた出来事であったが、「せっかく講義の資料を作ったのに」という怒りや無念さは湧いてこなかった。むしろ、不思議なことにある種の達成感に包み込まれていた。
私はこの素晴らしい気分をあさじん語に変換してお伝えした。
私 「すみません、何もしていないのに携帯代が一年間無料になってしまったのですが」
あさ 「廃」