第17話 マグナムトルネード
2017年12月。
顧客のあっさじーんさんから相談を受けた。
あさ 「最近もの忘れが激しいし、記憶もすぐなくなるから、本気で心療内科で診てもらおうと思います。どこか良い病院をご存知ありませんか?」
私 「私は詳しくないので、すみませんがお力になれません。」
あさ 「そうですか。。。ネットでしらべて良いところを探してみます」
私 「診てもらえばきっと良くなりますよ!頑張りましょう!」
あさ 「はい!」
数年前からかなり直接的に「病院へ行ったほうがいい」と伝えてきたのだが、いままでは冗談だと捉えられていたようだ。
しかし、あまりに多くの痛い目に遭いすぎたのか、はたまた頭がおかしくなりすぎて一周回ったのか、ついに彼が自認するときが来た。
あさ 「評判の良い病院でカウンセリングを受けてみようと思います。予約が混雑していて、12月20日になりました。いままで散々言われてきたけど、ようやく俺も自覚できるようになったわ(笑)」
なにわろてんねん、と思ったが、もう私は口にしなかった。ようやく治療をする気になったのだ。ワクワクで胸がいっぱいだ。
私 「頑張ってくださいね。大変かもしれないけど、できるだけサポートしますよ」
あさ 「ありがとうございます!」
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12月下旬。
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慢性の金欠病であるあっさじーんだが、この頃からとあるピン東南の雀荘へ通いはじめた。
その店とは、世田谷区用賀にあるコンコルドである。
コンコルドは1.0東南、ウマ2万点-4万点、ゲーム代600円、TOP賞200円、赤赤金、祝儀500-1000G、門前祝儀のお店だ。
一般的なピン東南の雀荘よりも少し刺激のある積載設定だが、平均的な世田谷区民からすると低レートだろう。
重度の金欠病であるあっさじーんがなぜ、ピン東南2-4の雀荘へ通っているかというと、どうやら面子レベルが ” 比較的おだやか ” らしい。
彼の言葉を借りると「かなりヌルい」ということになる。
彼は知り合いの若者たちからこの情報を得て、「いっちょうお金を稼いじゃおう!」と考えたわけである。しかし前述したように、せっかく心療内科の予約をして直前で費用を下ろしたのに、そのまま雀荘にボッシュートされてしまったのである。
その後、「また大敗した」という見慣れた連絡がきた。
どうやら、脳みその診察とギャンブル外来の間でゆれ動いているようだ。
こういうとき、彼に「両方行けや」と言ってはいけない。2つ以上のことを同時に行なうことが困難だからである。
この月は、こういった同じような愚痴・相談が迷惑メールのごとく飛んできた。
正直うんざりではないと言えば嘘になるが、”いつか彼のためになるだろう”と、私は介護士として一生懸命に相手をした。
「もうピンなんか本当に打ちたくない」というセリフは完全に忘れているようだ。
この日は勝ったようだが、交通費をあわせると完全にマイナスである。負け負けのじんだ。
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それから数日後。
「もうピンなんか打ちたくない」宣言以降、2回目のお助けコールが飛んできた。
ここでついに挨拶が「助けてくれ」に変わった。
あさあさのじんは、ここでようやくコンコルドでの小銭稼ぎを諦めた。
冷静に考えれば、「コンコルドはもうやめておきます」などと私に連絡する必要は1ミリもないのだが、彼の中で私の存在が「特級専属介護士」になりつつあるということなのだろう。
私 「やめるやめるって言うけど、あさじんさんはギャンブル中毒だからまたすぐに行くと思うよ」
あさ 「いかないです」
私 「じゃあコンコルドに行くかどうかで1万賭けられますか?」
あさ 「賭けないです」
( 絶対行くだろうな )と思った。
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翌日。
当時、私はマンツーマンの麻雀講義を行なっていた。1万円分の麻雀講義というと、通話講義にして6時間ほどである。
6時間分の資料を作るというのはなかなか骨が折れるものだ。
また、あさじんさんはこの頃、三鷹の雀荘「遊図」の店主である澤田氏から住居を無料で借りていた。独り立ちするために、貯金をして引っ越そうと考えていたのである。
引っ越しの資金を貯めるまでにフリー雀荘へ行かず、計画通り遂行できたらスキルアップのために講義をしてほしいということである。
自分に厳しく生きる彼らしい方針だ。
10万 vs 1万という数字だけ見ると、こちらの必要勝率はおよそ9%である。
ただ、はっきり言って”あさじんさんが雀荘へ行ったら”というのはあくまで申告制であって、雀荘へ行ってもバレなければいいだけだ。
おそらく、こちらの勝率は9%もないだろう。
しかし、私は専属介護士 兼 翻訳家 兼 ファイナンシャルプランナーだ。顧客の希望は受け入れることにした。
なにより、彼が本気で底辺生活から抜け出そうとしているし、それができれば、私も心から真の ” お気持ち ” を表明したいからである。
あり得ないくらい金欠のあさじんさんが10万気持ちポイントも表明できるとは思えなかったが、彼は「1万では罰として小さく、自分への抑止力にならないから」と本気の姿勢を見せていた。
彼がギャンブルを完全に断つことができたら、介護士としてそんなに嬉しいことはないだろう。なにより、どちらに転んでもそこそこ面白い。
こうして、2018年1月中旬。
「あさじんさんが引っ越しを完了するまでに、ピン雀荘へ行ったら10万、行かなければ1万」という彼にとって圧倒的有利な勝負が成立した。
【 第18話 マグナムトルネード アサジンクラッシュ編 】