【あっさじーん伝記】 あさじん VS F

前回の話

 3月10日水曜日

 私は李くんからリークされた情報をFに伝えた。

私 「明日あさちゃん出勤ドタキャンだって。どうしようか?」
F 「めちゃくちゃですね。木曜日は空いてます。遊図の澤田さんにご挨拶に伺いたいのでぜひ行きたいです。」
私 「ちゃも」


3月11日木曜日13時30分

 三鷹駅で合流したFと私は、その足でラーメンをすすり倒し、準備を整えてから遊図へ向かった。

F 「三鷹駅ってこんなに栄えているんですね。新宿から距離あるし、もっと寂れているものだと勝手に勘違いしていました」
私 「北側は綺麗に栄えていて、南側は汚く栄えているよ。もちろん遊図は南側ね」
F 「ハイ」
私 「たぶんあさちゃんは勤務してないと思うけど、他のお客さんも店員さんも変な人ばっかりだから安心してね」
F 「楽しみです。あと、もしあさじんさんがいたら、最初はFという名前は伏せて途中でネタバラシして驚かせたいです」
私 「最高のサプライズだね」

画像1

 コロナ禍以降、外出する人が減ったことで飲食店や遊戯店などは閉店する店舗が後を絶たない。この麻雀遊図も常連さんメインで卓が立っていると言っても過言ではないため、オープンからしばらくは0卓ということもあるのではないか?今回はそんな心配からの訪問でもあった。

 しかし店の扉を開けると、私の心配をよそに活気ある叫び声が飛び込んできた。

客 「一発ツモ!倍満4枚!!ラスト!!」
店員 「うわ!!バケモン!!それはバケモン!!」

 笑顔の店主が奥から指導する。

澤田 「○○くん、お客さんの和了に何度もバケモンって言っちゃダメだよぉ?そんな接客ないよぉ?」

 どうやら三鷹遊図だけはコロナの影響をまったく受けないらしい。開店30分で2卓立っていた。
 私は心底安心し、澤田さんのところまで挨拶に行こうとしたその瞬間、本走中と思われる店員が不気味なオーラを発していることに気づいた。そして来店したFと私に背を向けたまま卓状況を説明し始める。

 その男とは



あさじ 「エー、タダイマ 南2局デス! エー、、、モウシバラク お待ちクダサイ!!」



 もちろん、あさあさのじんである。



あさ 「シバラク マチセキノホウデ・・・あっ!!!!」

 ペッパーくんのような高いレベルの説明を終えてこちらを振り返ったあさちゃんは、私の顔を見てAEDを受けたように飛び上がった。数日間ラインを無視している相手が突然現れてびっくりしちゃったのかな。

私 「あれ〜?あさじんさん勤務入ってたんだ?もう腰の調子は大丈夫なの?」
あさ 「・・・・・・」

 手牌に集中しているのか意図的なのかわからないが、リアルでも無視がはじまった。接客業として無視はダメだと思います。

私 「澤田さんこんにちは。近くで友人と食事していたので顔出しました。」
澤田 「いらっしゃい。」
F 「Fです。初めまして」
澤田 「めっちゃ好青年じゃん、組関係の人かと思ってたよ」
T君 「僕も組関係かと思ってました」
F 「全然ちゃいます」

 Tくんは遊図メンバー接客ランキング歴代1位のハイパー店員だ。彼は勤務初日の数時間で、先輩のあさちゃんよりも上の立場になったらしい。

T君 「あさじんさんがFさんをブロックして、Fさんの上司が怒ったってことありましたよね。あの時めちゃめちゃ怯えてましたよ」
私 「そうなの?わざわざ彼に教えてあげたのに『そんなわけのわからない連中を相手にしてられませんよ』ってめっちゃ余裕そうな返事をされたよ。実際は怯えてたんだね」
澤田 「助けてください、○されます!って必死だったよ」
F 「別人やん」
私 「ネット弁慶だからね」
F 「そうなんですね」
私 「彼ができることは、地団駄を踏んだりエジンバラのテーブルを叩くことだけ」
F 「かわいそう」

 あさちゃんに会った人たちからは「リアルでは普通だった」「まともだった」という声も少なくない。それはSNSではぶっ飛んだ発言をしていても、リアルでは基本的には大人しく、酒を飲んだときやトリップしたときしか過激なことは言わないからだ。また、単純に声が小さくこもっていて何言っているのか聞き取れないというのも原因の一つだろう。私も彼の通訳をよく頼まれる。

澤田 「せっかくあさじん君いるけど、今日は同卓希望?」
私 「超同卓希望でお願いします」
澤田 「わかりました。それじゃお二人とTくん、あさじん君で卓立てようか」

 本走を終えたあさじんさんは、なぜか別のメンバーを私たちの卓に入れる準備をし始めた。よっぽど打ちたくないのだろう。

澤田 「君のトモダチなんだから卓入ってね」
あさ 「灰」

 澤田さんから促されたあとも、余っているお客さんがいないか、新たにお客さんが来店しないかギリギリまで粘っていたが、どう足掻いても人数がピッタンコなのでようやく諦めて本走に入る。

あさ 「本走です。よろしくお願いします」
T君 「僕は客打ちです。お願いします」

私 「ここのルールわかる?」
F 「まーなんとなくは」
私 「0.5東南の1−2、5万点終了、赤5は各1枚に青5pが1枚。祝儀は100G-200G。リーチ後ポッチが1枚あるけど祝儀は付かない。0点はトビで3枚。そんなところかな」
澤田 「あさじんくん、お客さんにルー説させちゃダメだよぉ!キミが説明しないと!そんな接客ないよぉ?」

あさ 「は、ハイ!!あと、途中流局はありません。それと、なんだ、えーと、あれだ!4万点終了です!!

私 「5万点終了でしょ。既に説明したし、4万点じゃ親の跳満で終わっちゃうよ」
あさ 「あ!そうかwww」
私 「何わろてんねん」
あさ 「灰」

 遠くから澤田さんの「ルー説で嘘はありえないよぉ!!」の声が響く。打ち合わせしたかのようなノリ+ツッコミ+ツッコミを目の当たりにしてFもニコニコしていた。


 雑なルー説を終えてボタンを押すあさじんさん。牌山が上がるとすぐに次のASJポイントを取りに向かった。

あさ 「えー、ドラ表示がない場合は親の方の自5になります!
F 「ドラ出てますよ」
あさ 「えっ!!あ!ほんとだ!!」
私 「今日も元気ですね」
F 「笑かしにきてるでしょ」
あさ 「失礼しました」
F 「楽しいのでいいですよ」
T君 「この卓はドラ表示が出ないことが多いんですよ」

 客として来ているのに年上の使えない部下をフォローするTくん。こういうところも彼がハイパー店員と評される所以だろう。


F 「実は僕、あさじんさんと面識があるんですよ。わかりますか?」

 ここでFが真の自己紹介を始める。

あさ 「え?えーと、うーん・・・あ、そうだ。大会でお会いしましたよね
F 「いや、大会には出てないですね」
私 「適当すぎでしょ」
F 「ツイッターでフォローさせてもらってます」
あさ 「誰だろう?全然わからないわ」

F 「実は僕、Fと言います」

あさ 「え゛っ!!!!(裏声)」

 強めのAEDを喰らったように痙攣するあさじんさん。

私 「あさじんさんがめちゃくちゃ避けてるFくんが彼ですよ。全然怖くないでしょ?」
あさ 「はい。あ、いえ、別に避けてないですよ」
私 「そうなんだ、じゃ今度セットやりたいねぇ」
あさ 「・・・・・・」

 セットは乗り気じゃないようだ。



 東1局、あさじんの親番。
 手牌が良くないのか、珍しく世間話を始めるあさじんさん。しかしその内容は常軌を逸していた。

あさ 「いつ頃名古屋に帰られるんですか」
F 「いやしばらく東京ですよ。めっちゃ帰って欲しそうやん」
あさ 「い、いえ、そんなことはないですよ。」
F 「また遊びにきたいので、あさじんさんもまた出勤してくださいね」
あさ 「・・・・・・」

 会いたくないのだろう。こういうときはなぜか嘘はつきたくないらしい。



 東2局Fの親番。
 突然、北家あさじんさんの呼吸が乱れだす。

あさ 「ふー・・・!!オチツケオチツケ・・・」

 彼以外の全員が落ち着いている中で、不気味な呪文が唱えられる。

私 「このお店はね、アウトが出ないんだよ」
F 「じゃ負けたらその日に精算しないといけないのか」
私 「いや、即精算だよ。アウト自体が存在しない。自分のお気持ちで打たないといけない。」
F 「え?まじすか?シビアっすね。」
私 「そう、負けたら完全自腹で即精算。あさじんさんの場合、負け続けたらリアルガチパンク」
F 「こっちはポケットマネーなのに彼だけ総資産を賭けてるわけですね。これは楽しい」

 例えるなら、自分たちは点5、彼だけが千点5000円くらいで打っている感覚だ。それなら手が入ればスーハースーハー言ってもおかしくない。こんなアトラクションは全国探してもなかなかないだろう。彼が勤務に入っているときだけの特別イベントである。

 実際にこのアクションに遭遇したとしても、意図的なものではないので怒らないで欲しい。彼が異常なのではなく、政治や社会、周りの環境のせいなのだ。彼は金欠という状態異常が生み出した悲しきモンスターなのである。

 すでに2副露している私が過呼吸のモンスターさんに問いかける。

私 「あさじんさん手が良さそうだね」
あさ 「テハイニ カンスルコトハ イエマセン」

 いつもならば、ツモ番なのにすぐツモらず「次に何をツモるか」という昨日の天気よりも無駄なことを考えて唸っているあさじんさん。しかし今は、上家のTくんが切ると音速でツモりに行っている。自分の手がとても良いため、仕掛けている私に追いつこうと急いでいるのだろう。だが残念なことに、動作を速くしても手牌は早くならないのだ。

 確定演出が入っているあさじんさんがいるにも関わらず、ここでT君が先制リーチを打つ。

T君 「リーチです」
あさ 「う、うーん・・・!!!」

 リーチを受けるとすぐに唸り出した。この手が和了れなければ資産がとても減ってしまうと考えれば唸るのも納得だ。唸りながらツモった牌をみた彼は、何かを決心したように斜め上を見て宣言した。

あさ 「リーチ!!」

F 「絶対高いやん」
私 「満貫はあるね」
あさ 「テハイニカンスルコトハ・・・」

 T君がツモ切った4sに声がかかる。

あさ 「ロ、ロンですぅぁ!」
あさ 「333赤56s234赤5青5678p 12000の5枚です!」

F 「めっちゃ高いやん」

 あさちゃんの手牌には赤と青が宝石のように並んでいた。これに目がくらんで呼吸が乱れていたのだろう。ギャンブルにバンクロール管理は大切だが、こういうイベントとしては最高に面白い。


 最初の半荘が終わると、あさちゃんは場代を集めてレジへ向かった。しかしどうも帰りが遅い。彼のいるほうを覗いてみると、自分の代わりに他のお客さんや店員が入るチャンスを作ろうと牛歩しているようだった。

私 「お客さんが待ち席にいないんだから早く始めようよ」
あさ 「いや、しかし」
私 「はよ入れ」
あさ 「灰」

 観念したように席に着くあさちゃん。そしてまたありえない世間話を繰り広げる。

あさ 「あの、今日は何時ごろに帰る予定ですか」
F 「めちゃめちゃ帰って欲しそうやん」
あさ 「いえ、そんなことはないですよ。来て頂いて嬉しいです」
F 「そんなに打ちたいなら24時までいますよ。無限同卓希望出します」
あさ 「え゛!!い、いや、そんな気を使わなくてもいいですよ」
F 「客で来ている僕が店員さんに気を使うわけないじゃないですか」
あさ 「・・・・・・」
F 「冗談ですよ、16時半くらいに帰ろうと思います。だからあさじんさんもまた勤務入ってくださいね?」
あさ 「・・・・・・」

 店員としてもう少し気を遣って受け答えしてほしいなと思った。



 16時ごろ。
 東2局、あさちゃんが親番1回の北家のとき。フリー卓が割れてお客さんが一人入れそうな状況になった。
 長年のメンバーとしての腕なのか、一刻も早くFと私から離れたいという強い気持ちがそうさせたのか、あさちゃんは素早くお客さんに現状を伝える。

あさ 「えー、東2局北家、親番残り1回、ドラは、えー・・・えーと・・・サンとなっております!!」
客 「はいはい、3ピンね〜」

 別の記事にも書いたが、彼は7s(チーソー)、2m(リャンマン)など、数字+種類をさっと言うことができない。彼の脳の仕組みとこの発声は相性が非常に悪く、何らかの不具合が生じているのだろう。

 ここ麻雀遊図では、彼は「ちょっと可哀想な人」という認識がお客さんの中で浸透しているようで、多少仕事ができないレベルの若いメンバーは嫌われることがあるが、あさじんさんはむしろ好かれているらしい。前述のようにドラをはっきり言えなくてもお客さんは対応してくれる、素晴らしい雀荘だ。職業訓練所かと私は思った。

 そんなあさちゃんだが、挙動のほうは何の違和感もなく、かなりテキパキと片付けをし、とてもスムーズにお客さんとバトンタッチした。

あさ 「いやー僕ももう少しFさんと打ちたかったのですが、お客さんが来てしまっては仕方ないです。またお願いします。」

 彼はこの日一番の笑顔を見せながらそう言った。卓から抜けられることがよっぽど嬉しかったのだろう。



 17時半ごろ。

F 「それじゃ今日はありがとうございました、また遊びにきます。」
澤田 「ありがとうございました、またお願いします」
私 「あさじんさん、Fくんがセットしたいらしいんだよね。今度低レートでどう?」

 私の誘いに彼は苦虫を噛み潰したような顔をしてガン無視していた。終わりよければ全てよし、終わり悪ければ全て悪しです。

澤田 「申し訳ないけど、一応お客さんと従業員はセットしてはいけないということになってるから、元々友達だったとしても、そういうのは水面下でお願いします」

 その言葉を聞いたあさじんは脳汁が噴出したような笑顔に戻った。

あさ 「いやぁー僕もFさんともっと打ちたかったんですけどね」
私 「水面下でやったらOKらしいですよ。今夜ラインしますね」

 彼は私の言葉をガン無視し「いやー残念だなぁ」を繰り返しながら、見送らずに店の奥のほうに入っていった。


私 「どうだった?」
F 「最高でした。こんな体験できるところ他にないです」
私 「楽しめたみたいでよかったよ」


その夜。
いつも通り彼から送られてきたテンプレに対し、セットの話題を挙げてみた。

画像2

 しかし一週間待ってみても、彼から返事が来ることはなかった・・・。



 その後。


画像3

 あさちゃんが突発的に遊図に出勤することになった。そこに"フォローされていない"Fからジャブが入る。
 前回もそうだったのだが、あさじんさんが辛く当たることでFは激しく落ち込み、それをみかねた上司がブチギレるというケースが頻発している。その度に私が仲介に入ってなだめているのだが、キレた上司が遊図に乗り込んだりしたら大変である。友人としてあさじんさん本人に伝えようか迷った末、私は伝えることにした。

私 「Fくんがフォローされてないことに落ち込んでいて、また上司の人が怒ってるみたい。瞬間湯沸かし器だね。」

 するとすぐに既読はついたが返事はなし。こういう情報を送ってくる相手にはお礼の一言くらいあっても良いかもしれないが、彼はそういったスキルは持ち合わせていないのだ。期待してはいけない。

 翌日、あさちゃんはTwitterにて「メンバーから代わってほしいと言われたので登板なしとなりました」と人のせいにした告知を投稿。どう考えてもFの上司にビビっているビビりマンであることは明白なので、再度、李くんにリークをお願いした。

李 「あさちゃん体調不良で出勤せず」
私 「やっぱりそういうことか。ありがとう」

 突然勤務を希望したり、突然キャンセルしたり、こういう人物を雇うのはとても大変だなと実感した。そしてそれを全て受け入れている遊図の店主澤田さんは非常に寛大だなと改めて身にしみた。

画像4


(終)

いいなと思ったら応援しよう!

フィリップ
このノートがあなたにとって有意義なものであったらとても幸いです。