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新生児スクリーニング検査で引っかかったこと

「耳が聞こえてないかもしれない。」

待望の第1子が生まれて4日後。
どん底に突き落とされた。

2021年7月、2650gの女の子を出産した。
それはそれは可愛くて仕方なかった。
出産は痛くて辛かったけど、それを乗り越えた先にこんな幸せがあるのかと初めて知った。
出産後、体はしんどいけれど嬉しさから完全に産後ハイになった。
寝る間も惜しんで、赤ちゃんを抱っこしたり写真を撮ったりした。
可愛くて可愛くて仕方ない。
自分は世界一の幸せ者だと確信した。

明日がいよいよ退院の日になった。
4泊5日の入院は思ったより退屈で長く感じた。
早く家族に会わせてあげたい。
この日を待ち侘びていた。

夕食を食べていると看護師さんが来て、
「これから新生児聴力検査をしますね。15分くらいで終わると思います。」
と言いながら赤ちゃんを連れて行った。
私はなんとなくだけど、胸騒ぎがした。
食欲がないなんてこと今までなかったのに、急にご飯が喉を通らなくなり、夕飯は半分以上残してしまった。
きっと緊張と疲れのせいだ。
そう思った。

15分経った。
だけど戻ってこない。
30分経っても戻ってこない。
なんで?
何かあったのだろうか。

1時間くらいしてようやく看護師さんと赤ちゃんが戻ってきた。

「何回もやってみたんだけど、両耳ともリファー(要再検査)で・・・・」
「明日また退院の前にもう一度やってみますね。」

え?この子はもしかしたら耳が聞こえないかもしれないってこと?
どん底に突き落とされた。
ついさっきまで幸せで舞い上がっていたのに。

私はすぐスマホで検索した。

「新生児スクリーニング 通らない」
「新生児聴力検査 リファー」
「新生児 難聴」

たくさん情報が出てきた。
新生児の聴力検査でリファーになった場合、通常1ヶ月後に精密検査が行われること。
精密検査では薬で赤ちゃんを完全に眠らせて聞こえるかどうか脳波を見ること。
そこで検査をパスできなかった場合、難聴の可能性が高いということ。
生後6ヶ月ごろから補聴器をつけられること。
将来的には人工内耳という選択肢もあること。
言葉の獲得のためにはとにかく早期発見、早期治療が大事だということ。

調べれば調べるほど不安になっていく。
夫にも実母にもすぐ連絡した。

「もしかしたら耳が聞こえないかもしれない。」

しかし夫も母も返事は気楽な感じだった。

「そうか〜でもまだ精密検査してないし分からないよね!」
と。

2人とも明るく励まそうとしてくれているのは分かるが、それが逆に辛かった。
押しつぶされそうなくらい不安を抱えているのは私だけ。
その夜は涙が止まらない夜だった。

あまりにも眠れないので深夜のナースステーションに行った。
看護師さんと助産師さん2人で赤ちゃんやその他のことの対応をしていてすごく忙しそうだった。
私はとにかく誰かと話をしたくて話しかけた。

「うちの子は本当に耳が聞こえないんでしょうか?」

「まだ分からないよ!だけどこの子はしっかりおっぱいも飲めてる。今はできることに目を向けてあげなきゃ!」

そう言われたのを今でもはっきり覚えている。

できていることに目を向ける。
分かる。
分かるんだが、そんなこと今は到底できない。
私は肩を落としながら自分の部屋に戻った。

その後よく眠れぬまま朝を迎えた。
退院の日。
この日を待ち望んでいたはずなのに、ちっとも嬉しくなかった。
結局2度目の検査もパスしなかった。
夫と3人で初めて撮った写真はものすごく顔が引きつっていた。

赤ちゃんとの生活が始まった。
だけど私は耳のことが頭から離れない。
赤ちゃんが寝て、暇さえあればスマホで検索した。

ある日私がトイレに行っている間に、赤ちゃんが寝ている横で夫がドアをドンドン叩いていた。

「本当は聞こえるんじゃないかと思って。」

夫なりに耳のことを気にしていたらしい。
だけど私はその行為が許せなかった。

「まだ結果分からないのに、試すようなことするのやめて!!!」
とブチギレてしまった。

違う。
まだ結果がわからないから、じゃない。
試してみて反応がなかったら怖いから。
現実を見るのが怖いから。
覚悟なんてできない。
私だって本当は気になるけど、向き合うのが怖いから試すようなことは一切しなかった。

生まれた病院で1ヶ月健診があった。
そこでも再度検査をしてもらったがまたもやリファーだった。
また絶望だった。
大きな病院に紹介状を書いてもらった。
すぐにその病院に行った。

大きな病院では、いろいろな聞き取りがあり、最後に医師の診察があった。
診察では、お医者さんが赤ちゃんの耳のすぐ横でおもちゃの鈴を振った。

「うーん全く聞こえてないわけではなさそうな感じはしますけどね。」

そう言われて少し救われた気がした。
でもなんせまだ小さいので検査ができないと言われ、結局精密検査は1ヶ月半後にすることになった。

ここから1ヶ月半!?
またまた絶望だった。
この1ヶ月半は本当に辛かった。
私は暇さえあればスマホで耳のことについて調べ、常に寝不足だった。
赤ちゃんは少しずつできることが増えて嬉しい反面、全力で笑いかけてあげることはできないでいた。

私のせいでこの子は耳が聞こえないのかも。
本当に聞こえなかった時、受け入れられるかな。

そんな思いが常に頭の中にあった。

ある日、赤ちゃんが寝ているときに大きなお鍋を床に落としてしまった。
ガッシャーンと大きな音がした。
その時、赤ちゃんはビクッとして一瞬目を覚ました。

「え、もしかして聞こえてる!?」

夫と顔を見合わせた。
いや、精密検査をするまで分からないから。
喜んではいけない。
私はすぐに冷静になった。

いよいよ検査の日。
検査が終わるまで待ち時間も含めて4時間はかかると言われたので気合を入れて臨んだ。
長い長い待ち時間があり、我が子の番になった。
甘い睡眠薬をスポイトで無理やり飲まされる。
母乳以外のものを口にするのは初めてで、嫌がってギャン泣きする姿に胸が痛かった。
睡眠薬を飲んでもなかなか寝付けず、授乳したり、抱っこでゆらゆら揺れたり、ベビーカーで散歩したりしながら1時間かけてやっと寝かしつけた。

検査室に連れて行かれ、耳にヘッドホン、小さい頭には脳波を調べる器具をたくさん付けられていた。
その姿を見ながら、頑張れと祈りつつも、「聞こえますように」と祈るのはもうやめた。
当時のTwitterのつぶやきを見ると、

「行ってくる!!!!何があっても受け入れる!!!!」

と力強く書いてあった。
覚悟はできた。
覚悟をした。
世界一大切で可愛い我が子。
この先何があっても受け入れる。
そう思いながら検査が終わるのを待った。

30分くらいで検査は終わった。
じゃあこの後医師の診察があるので、と言われて待たされた。
「すぐ結果教えてくれないのか」と残念に思いながらもドキドキして待った。
名前を呼ばれた。

お医者さんが言った。

「検査結果ですが、1番小さい音まで聞こえてますよ。」

ああ本当によかった。
本当に本当に安堵した。
夫と喜んだ。
原因はおそらく耳に羊水が詰まっていたことで聞こえづらかったのではないかと言われた。

あれから3年半が経った。
我が子は歌が好きでよく喋るおてんば娘に成長した。
正直、あの検査までの時間は辛すぎて思い出したくないくらい苦い思い出だ。
最初の検査でパスしていればもっと新生児の期間を楽しめたのになあ、もったいなかったなーと考えてしまうこともある。

耳のことがあり、私は育児おいて「覚悟を決める」ということを学んだ。
この先も不安なことや自分の力ではどうしようもないことがたくさん出てくると思う。
その度に「覚悟を決める」。
世界一大切で愛おしい我が子だからこそ、何があっても受け入れる。
時間はかかるし簡単ではないけれど、それが母親になることだと実感した。
この体験は間違いなく人生で1番不安で辛い時間だった。
だけどあの頃の思いや覚悟は常に忘れないでおきたいと思う。

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