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同性愛者とか異性愛者とか

私は恋愛感情を抱くのに性別は関係ないタイプで、相手が女性でも男性でも関係なく恋に落ちる。
だから両性愛者といえるのかもしれない。
なんなら相手が本物の人間でないときもある。
キャラクターとか小説の登場人物とか。
そうなると全性愛者と呼べるのかもしれない。

よく分からないが悩んではいない。
悩んだことがないというか、苦悩したことがないというのが近い。
なので今のところは、自分の性的指向がどこのカテゴリーにあたるのかを、わざわざ規定する必要を感じていない。

いずれにせよ私の熱情は長続きしない。
私が抱いていた幻想(理想像)と本当の相手との乖離に気づきながら、徐々に冷めていく。あるいはレスポンスのない寂しさから、飽きていく。
そして別のものが好きになる。その繰り返しだ。

長続きするとしたらそれは「付き合ったとき」である。
相手と「恋人」という特殊な関係を結び、
お互いをお互いの特別として認識し合ったとき、情熱はまあまあ長続きする。

私にとってそういう関係を結んだ人は全て男性だった。

それには理由がある。
男女なら交際に至るまでのある程度の既定路線があるから。

何回かデートして、
思わせぶりな「あなたは特別ですよ」というサインを出し合って、
「告白」というイベントを踏んで恋人になる。
恋人になればまたデート。関係が進めば同棲とかもある。
それでどちらかが飽きたら、
また告白と似たようなイベントがあり、振るか振られるかする。

社会が用意したレールがあるからやりやすい。
本来なら恋に落ちるはずがなかったはずの男性でも、何かの拍子にレールに乗り、そのまま走り出すなんてこともある。

同性が相手だとなかなかそういうことはない。
何十回と二人で遊んでも、一緒にネットカフェで泊まっても、抱きついても手を繋いでもどこまで行っても友達である。

私の場合、同性を相手に恋心を抱くことはあっても、それで苦悩するということはあまりない。
どうせ仲良くなれば、いずれ恋愛感情はなくなるから。
向こうも同じようにドキドキした感じで接してきたら、長続きするのだろうけど、同性同士だとそういうことにはならないし。
「イイ感じの雰囲気」ってやつにならないから進展することがない。

そんな私が日頃から密かに思っていることは、
「異性愛者って本当にいるの?」
という失礼な疑問である。
同性にドキドキしない人なんて本当にいるんだろうか?
絶対に同性には恋をしないと断言されても、私は半信半疑である。

実際は恋愛感情を抱くことがあっても、レールに乗る機会がないから、その感情をスルーしているだけでは?
恋愛感情を異性にしか抱かない人とかいるの?
それは社会の規範を内面化してるだけじゃないの?

同性愛者は本当にいるようだ。
というのも、この異性愛が当たり前とされる世の中で、
異性と二人で歩いているだけで「そういう関係?」なんて言われてしまう(こういう邪推には、本当にうんざりする。異性と友達になってはいけないの?)この異性愛規範に支配された世の中で、
異性に一度も恋愛感情を抱いたことがなく、同性にしか恋したことがないなら、
それは間違いなく同性愛者だろう。
彼ら彼女らには自分の感情に嘘をつく理由がない。

しかし本心では信じられない気持ちもある。
絶対に異性には恋しないだなんて、
そんなことあるんだ…と思ってしまう。

他人に恋愛感情を抱かない「アロマンティック」の存在は非常に理解できる。
過去の記事で書いたけど、無性愛者とかアロマンティックというのは、
いつも誰かに夢中になっているバカな私とは違い、
認知の歪みがない人たちだと思う。

しかし同性愛者と異性愛者というのは…
私には本当に理解できない(理解する必要はないのだが)

いつも忙しく恋している私にとっては、
特定の性別にしか恋をしないなんて、
そんな制約のある恋愛は全く信じられない。
そういう人っていうのは例えば、ある人と恋に落ちた後、実は相手の性別が違ったと分かったら、恋が終わったりするのだろうか?

でも意外と私もそうかもしれない。
性別というのはやはり人を構成する重大要素であって、
そこが解釈違いと分かったら気持ちが変わることはあると思う。
今までそういう経験はないけども。

しかし私の中では国籍や外見といった他の要素と同様に、性別というのも、
絶対にこうでなくてはならないというこだわりを持つものではない。

ちなみに私の「性別」はきっぱり「女」である。
この話はまた別の記事でしたいと思う。


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