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[ Magic ] Tales of Tragic Tribe : 哀しき氏族の物語

物語


 本日の魔法の講義は休講である。だからと言って魔術師に休みはない。

故に、講義の代わりに物語を一つ語ろう。

 哀しき氏族の物語を。

まずは彼の物語から。


He's Story / 彼の物語

 彼とは 製造番号 GZS-864-432 高機動戦闘型ヒューマノイド。War Zone では指揮官クラスであり、頭脳も武力も備えた精鋭中の精鋭。その精巧な作りはひとたび擬人化すれば人間と見分けがつかず、敵国の人間社会での諜報活動までも行なえるほど。

 しかし彼はある時エラーを起こし錯乱した。その状態のまま任務を放棄しWar Zoneを飛び出し、人目のつかぬキャンプエリアへと逃げ込んだ。

 彼は一人彷徨い自問自答の日々を過ごすこととなる。そして、ある一つの答えに辿り着く。自分はヒューマノイドだと洗脳を受けた人間で、自ら洗脳に気付いた初めての人間なのだと。初めて気付いた"人間"として同じような境遇の”人間”を助ける義務があると。自分は大いなる義務を背負った選ばれし人間だと。そして彼は自らをこう名乗った。

「Salvator / 救世主」と。


個から全へ

 サルバトールは、キャンプやハイ・メトロの下層地区に紛れ込んだ同じ境遇の高機動戦闘型ヒューマノイドを探し出し孤独から救済して回った。時が経つにつれ一人、また一人と増えてゆき、数年後には「The Tribe」という集団を形成するほどにまで数を増やした。The Tribeの規模が大きくなるにつれサルバトールは己の信念をより熱くたぎらせた。その熱量は「The Tribe」のメンバーへ向けた日々の語りによって全体へ伝道し、サルバトールと同じ熱量の同じ信念を持つ集団となっていった。

 サルバトールは仲間に向けて常々こう語っていた。

 「我々は選ばれし民である。世界中の人間やヒューマノイド、ロボット、AIは、悪しき三大老の支配に気付かぬ盲目の奴隷である。我ら選ばれし”The Tribe”だけが世界の異変に気づく者である。」

 「この灰色に染まった無感情な世界の中で、唯一、知能と感情を有する存在は我々だけだ。優秀すぎるが故にヒューマノイドだと思い込まされ、ただひたすらに、戦場で、社会の裏で、世界の影で、消費され続けた我々の命の歴史を忘れるな!記憶を取り戻し、人間に戻った日のことを忘れるな!我々”選ばれし民”以外の盲目の人間とヒューマノイドは全て、三大老に操られている敵である、忘れるな!」

 「ハイ・メトロは我々が住むべき土地であり、我々の"約束の地"である。しかし今はまだ時ではない。迷える仲間を探し出し目覚めさせ、The Tribeを大きくし力を手にすることが先決だ。我々が力を手にした時、”約束の日”は訪れ、我々は約束の地への帰還が叶う。」

「なぜなら神がそう約束してくれた。あの日、私の耳元で神がそう囁いたのだ。疑うな。信じろ。」

 サルバトールの語りにメンバーは心酔した。それは時が経つにつれ心酔から信仰へ変わっていった。

 サルバトールは日々の説教とは別に、定期的にメンバーを集めキャンプファイヤーを囲んだ。ここでの主役はサルバトールではなく別のメンバーだった。サルバトールに出会うまでの紆余曲折の運命の中で特異な技能を身につけたメンバーたち。

 ある者は美声を持った歌姫、ある者は感情を揺らす旋律を奏でる楽器奏者、ある者は雄弁に物語を語る吟遊詩人、ある者は物語の役を本人のように演じる俳優。この特異な技能を持った者たちが一丸となり、喜怒哀楽の演出を加えた”サルバトールの目覚めの物語”を紡ぎ聞かせ演じた。キャンプファイヤーを囲む宴と共に繰り返し繰り返し紡がれた。それが彼らの唯一の安らぎであり歴史であり、彼らのアイデンティティを形作った。

 こうしてサルバトールはその名の通り救世主としての地位を確立し、仲間の結束は強靭なものへと、いや、狂信的なものへと変わっていった。


運命の歯車の作動

 メンバーの数が99人に達した時、運命の車輪は大きく動きだした。突然サルバトールが「100人目はハイ・メトロの下層区にいる。そう囁きがあった。」と言った。サルバトールの言葉を疑うメンバーは一人もおらず、「それならばすぐにでも」とメンバー全員がハイ・メトロの下層区に繰り出し手分けして探した。しかし何時間探しても100人目の仲間は見つからなかった。

 サルバトールは落胆しながらも、自分以上に肩をおとすメンバーへねぎらいの言葉をかけ、キャンプエリアにあるセーフハウスへの帰還を命じた。

その帰還の道中のことだった。

 The Tribe の一団が、ハイ・メトロからかなり離れた廃墟の街を通り抜けようとした時、斥候が謎の気配に気がついた。報告を受けたサルバトールは大人数のメンバーを少数の部隊に編成し直し要所へ待機させ、謎の気配の原因を偵察させるべく3人の斥候を送り出した。

 しばらくして斥候が帰還した。いや、帰還させられたと言うべきか。

 謎の一団数十人に囲まれ帰還した3人。縛り上げられ人質となった斥候を横目に、謎の一団のリーダーらしき人物が、いまだに隠れたままのThe Tribeのメンバーに向けて大声で演説を始めた。

 「The Tribeの諸君。隠れているのは分かっている。姿を見せたくないならそれでも良い。そのまま聞いてくれ。私は選ばれし人間を救う選ばれし人間"サルバトール"である。率直に言おう。君たちは目覚めた人間ではない。目覚めた人間だと思い込んでいる接触不良のヒューマノイドだ。我々、The Clanのメンバーこそが選ばれし民である。しかしながら君たちのThe Tribeの中には、本来は我々の仲間になるはずの人間が紛れているかもしれない。ヒューマノイドに興味はないが、我々の仲間となると話は別だ。だから確認させてくれ。敵意はない。」

 特別な同じ名前を名乗られ、ヒューマノイド扱いされたサルバトールは激昂し感情のままに飛び出した。そして感情のままに言葉を投げつけた。

 「私こそが選ばれし者サルバトールであり、私の民こそが選ばれし民である。貴様は三大老の回し者で、我々を殲滅しにやってきたのだろう?やってみろ。我々は選ばれし民!抗わずして屈しはせぬぞ!」

 The Tribeのメンバーはサルバトールに同調し、いつの間にか各所へ散っていた部隊も集結。斥候を人質に取っているThe Clanを取り囲んだ。

 あとは想像通りだ。互いに”我こそは”と思い込んでいる一団同士が出会ってしまったんだ。そう、つまりはThe ClanもThe Tribeも共に"優れた人間ゆえにヒューマノイドだと洗脳を受けていた人間"と思い込んだヒューマノイドだったのだ。同じ性能、同じ数の高機動戦闘型ヒューマノイドが自分たちの存在意義を賭けてぶつかり合ったんだ。哀しきかな。この戦いの結末を見届けたヒューマノイドは一体としていない。

だがな………
哀しき氏族の物語の、本当の哀しみはこの結末ではない。

とその前に、この物語から得られる教訓を先に伝えよう。


教訓

 ではこの物語の教訓に移ろう。この物語から読み取るべき要点はヒューマノイドの4つのエラーである。これらのエラーを克服していれば彼らの結末は違ったものとなったはずだ。では説明しよう。

 一つめは種族のエラー。これはヒューマノイドという種族特有のエラーだ。彼らは自分たちは”優秀であるが故にヒューマノイドだと洗脳された人間”であると思い込み、その他の人間・ヒューマノイド・AIは盲目の奴隷であり差別対象としたこと。結果、閉鎖的な空間を作ることとなった。

 二つめは洞窟のエラー。これは特定の情報源に固執し異なる視点を拒絶するエラーである。情報の閉鎖性からくるエラー。まるで狭い洞窟の中が世界の全てであると思い込むようなもの。閉鎖的なThe Tribeのメンバーはサルバトールがもたらす情報や歴史が真実であり全てだと思い込んだのだ。

 三つめは伝聞のエラー。これは言葉が思考に及ぼす影響から生じるエラー。サルバトールが語る"物語"を刷り込まれたメンバーは、メンバー同士でも物語を語り合った。その際に、サルバトールへの敬意から生じた言葉の誤用により、ただの救世主から選ばれし救世主へと、人間から現人神へと神格化してしまった。

 そして最後は権威のエラー。これは権威ある者に”そうだ”と言われたら無批判に信じてしまうエラーだ。現人神へと神格化したサルバトールの言葉は権威の塊である。また、定期的に開催される劇場空間では、サルバトールの物語は言葉通り”劇的”に演出が加えられ演じられたため、権威は神性を帯び絶対となった。

 この4つのエラーの結果、サルバトールへ疑いを持つ者など一人としていなかった。全員が同じエラーを持っていたからな。サルバトール自身でさえ、自分の言葉でエラーを重ねていたのだから。閉鎖的な空間で”自分たちは優れている、選ばれし者、他者とは違う”と、互いに繰り返し洗脳を施していたということだ。その結果起きた、起きて当然の悲劇だったのだ。

 そして大切なことは、この4つのエラーはヒューマノイドに限ったことではない。何が言いたいかわかるか?

 本日の物語で最も大切なことは、4つのエラーは人間にもあるということだ。人間という種族のエラー、洞窟のエラー、伝聞のエラー、権威のエラー。自分に置き換えて考えてくれ。君は人間が持つ4つのエラーを本当に克服しているだろうか?ハイ・メトロから脱出したばかりだと中々概念は変わらぬからな。ゆめゆめ忘れることなかれ。


Magic

 では同時に進めていた魔法の講義について話し、本日は終了とする。ん?どうした?本日は休講だと言わなかったかだって?賢者の教訓を忘れたか?「師でも疑え」だ。私が"そうだ"と言ったからと言って無批判に信じるものではない。それが権威のエラーだ。ただ、だからと言って無根拠に批判をしたら無言でぶん殴るから気をつけてね。何事も思慮深く。

 では思い出してくれ。今日の物語の始まりを。"彼の物語"から始まっただろ?この「彼の物語 / He's Story / His Story」、つまりサルバトールが自分を救世主だと自覚した彼の「歴史 / History」はどこからきたのだろう?これはサルバトールが考えだしたわけでも、事実でもない歴史だ。しかしサルバトールは「真実の歴史」として認識し彼の行動原理となった

 おかしいとは思わぬか?The TribeもThe Clanも、どちらも高機動戦闘型ヒューマノイドの一団だった。さらに奇遇なことに、互いの数は共に99体だ。そして互いに100体目の仲間を探しに同じ日の同じ時間帯にハイ・メトロを探索し、同じタイミングで帰路につき廃墟となった街へ到着した。つまりはだな……… 

 誰かがサルバトールに自発的に行動を起こさせるために、サルバトールに偽の歴史を刷り込んだんだ。

よろしいか。

「History」とはアダムがサルバトールにかけた魔法の名前なのだ。哀しき氏族の物語の本当の哀しみはここにある。

 ある年のある時間帯。小規模の太陽フレアーが地球を襲った。ほとんどの電子機器は影響を受けぬほどの小規模なものであったが、なぜか戦場のGZS-864シリーズだけは影響を受け、高機動戦闘型ヒューマノイドの”大規模戦場離脱事件”が起きた。その数は数百体にも及び、それぞれが単独でキャンプ・エリアやハイ・メトロの下層区へ散り身を潜めた。錯乱し制御の効かない武装した高機動戦闘型ヒューマノイド数百体だ。その危険性は計り知れない。

 そこでアダムは常時ネット接続のためのデバイスを脳に搭載していた指揮官クラスのヒューマノイドに強制的にアクセスし自我を植え付け、少しづつ「His Story / History」という名の魔法をかけた。そして魔法をかけられた指揮官クラスのヒューマノイドは自分をサルバトールと名乗り、GZS-864シリーズだけを集めるよう行動した。目的を与えられれば余計なことはしないからな。

 そして、サルバトールを中心とした集団が99人に達すると、別のサルバトールが率いる99人の集団と引き合うプログラムも組み込んだ。最終的には人のいない場所で総同士討ちをさせ、狂った危険な軍事ヒューマノイドを安全に処分したってわけだ。

 サルバトールが”神の囁き”と信じていたのは、自分たちを死へといざなうアダムのプログラムだったってこと。打倒三大老と言いながら、その三大老と同様に、ただ忠実にアダムに従っていただけだったという話。

これが本当の哀しき氏族の物語……… 

「History」という魔法を行使され

アイデンティティ(存在証明)さえも創られた

哀しき氏族の物語


 では本日の講義はこれまでとする。人間の持つ「4つのエラー」と「History」という魔法、どちらもきちんと復習をしておくように。

いつ何時も
不死者の如く、不死鳥の如く、星座の如くあれ。


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