見出し画像

畏怖を体感できる場所 無人島 猿島

平日、ひと気の少ない無人島。
夕暮れの自然の中を、一人歩く。

鳶が支配する島に、取り残されてしまったと錯覚した。子どもの頃を思い出した。
私の心の中には誰もいなかった。
水の滴る音に、大きな鳥の影に、言いようのない何かが迫り来るような気配に、背筋をなぞられる感覚を私は知っている気がした。
足がすくんで、前へ進めない。戻ることもできない。ここからどこへも行けやしない。そんな感覚を、体が覚えている。

誰も助けてはくれない。正気を失うような恐怖。私は心の中でそんな恐怖に耐えながら生きている人にとって、安心できる砦になりたいと思った。
求めた時に其処に在る。ふと忘れてしまうような、幽かな安寧が誰もにあればいいなと思ったのだ。

島から本島に戻る最終便を待つ。
皆一様に海を眺めていた。
話すでもなく、スマホを触るでもなく、ただ海を見ていた。

滞在が許される限りの時間を過ごすと決めた者たちは、ゆるやかに流れていく時を静かに堪能しているようだった。

脳を直接刺激するような、面白いものは何もない。
無限の白波と、あたたかさを帯びた水面と、遠くに佇む日常。
その方角をぼんやりと眺めながら、鳥の声を聞き、海風を感じ、潮の香に包まれて、ただ時間が流れてゆくのに身を任せるのが、心地よかった。

いいなと思ったら応援しよう!