とある三十路女の半生
私の両親は離婚している。
私が15歳の時だった。
何も離婚自体が辛かったわけではなく、
離婚してくれたことに関してはむしろ感謝している。
父は酒に酔うと家族に手を挙げる人だった。
仕事がない日は朝から晩まで浴びるように酒を飲み、煙草を吸い、大音量でテレビを見て、そのうちに酔い潰れる。
それが休みの日の父のルーティンだった。
父の稼ぎはほとんど酒や煙草に消え、家は貧乏で母は朝から晩までパートで働いていた。
私には歳の近い姉が2人いる。
当時暮らしていた家は団地で2DK。
そこに家族5人暮らしだ。
勿論自分の部屋など持つこともなかった。
父はリビングを占領する。
家の中央に位置し、1番大きな部屋だ。
廊下などはないため、トイレや風呂もそのリビングにくっついた形だった。
一応、姉達と3人で使える部屋は貸し与えてくれていたが、そのリビングとは襖を1枚挟んだだけで、人の気配や音なんかは漏れてくる。
それに、襖をピシャリと閉め切ると、
「なぜ全部閉めるんだ。少し開けておけ」と父は監視するように言い放つ。
私は静かに勉強がしたかった。
絵ものびのび描きたかった。
でも、
勉強は学校でできる分だけ。
絵は隠れてコソコソ描いていた。
私が15歳の時、父が仕事でいない日、私達は家を出た。
家具はほとんど置いて行った。
文字通り着の身着のまま。
それからは必死で生活を作って行った。
バイトもたくさんした。
働いても働いても携帯代や学費、食費の支払いで、周りの友達と遊べる余裕なぞなかった。
学校では孤立した。
それでも家では静かに絵を描く空間が保証された。
殴られる心配をせず、朝まで安心して眠れるようになった。
幸福に思えた。
なけ無しのバイト代で貯めた進学費用と奨学金でなんとか美術大学に進めた。
お金の心配は勿論あったけれど、大好きな美術がこれからも学べる事、進学できた事がなにより嬉しかった。
そして大学は楽しかった。
卒業後は一人暮らしもした。
ようやく私だけの空間を手に入れた。
涙が出た。