つぎの道 【ショートストーリー】
わちしは俳人、風人(ふうひと)である。
廃人風塵(はいじんふうじん)ではない。
しかし、考え方によればそれも悪くないか。
なかなか味があるし、いかすではないか…。
…どうしよ、今から変えようかな…。
いやしかし、それはやはり、退廃的に過ぎて、わちしには荷が重いか…。
いや、しかし、あえてそういう路線でも、いや、待て…、早まって、出るもんも出ず、困っても困るが…。
本日は、我が国の景勝地のひとつを訪ねきた。
さすが、噂通りに素晴らしい眺めである。
この崖、この海、この松!
では、早速、一句をば…。
う、…む、うーむ、あ、う…、ん、う、あー、
あの、この、…あれが、あの感じなわけであるからして…、ああ、…だから、なにが言いたいかっていえば、海でしょ…、松でしょ…、崖の上…、
あ、これはどうか…?
「…な…」
「夏の沖!! 眺むそばから 松の声!!」
「え?」
だ、誰だ?今、句を詠んだのは??
今、ここにはわちししか居らんかったはずだが。
辺りを見廻すが、やはり人気はない。
「…ど、どういうことだ。」
「わたしっすよ!」
「うわっ、なに?!何者だ?」
「松っすよ!松の声つったじゃないすか!」
「なに?!松だとっ?!」
わちしは松をぐいと見上げた。
しかし、松は松である。
「ま、松、松、お前が本当に今、句を詠んだのか?」
「っす!」
「な、なんと。お前は、いつも句を詠んでいるのか?」
「いや、そういうわけでもないすけど!」
「…、さっき、なんと詠んだ?もう一度プリーズ。」
「いや、もういいっすよ!」
「ちょっと、あまりに唐突で聴こえんかったから、さあ、もう一度頼む。」
「…だから、もういいっすよ!適当に言ってみただけなんすから。…、それより、そっちこそ、なんか詠もうとしてたんじゃないすか。
教えてくださいよ!ヨッ!」
「あ、そ、そ、そうだった。えっとの…。
あ、そ、そう、…な…」
「夏風や!!松に佇み沖眺む!!」
「…!!な、な、松、またお前、なんなんだ。」
「…あっ、またやっちまった、…すいません!
実は俺、悪い癖なんすよね。すいません!」
「すいませんって、すいませんって…。
松よ、お前…、お前は、…なんだか見た目によらぬのぅ…、なんというか…。」
「え?!なんすか、見た目によらないって、まさか?!貶してんすか!?それとも、褒めてんすか?!どっちっすか?!」
「…ほ、褒めてるんだよぉ…。」
「っす!!へっ、やっぱ句っすか?句がうまいからっすかね!えへへ!! さ、師匠も!一句!ヨッ!」
「…もう、わちしはよい。どうせ、お前、また被せてくるんだろ。」
わちしはジロリと松を睨んだ。
松の奴、見た目はいかにも松らしい渋さであるのに…。
「え??!心外っすよ。わざとじゃないんすから、すいませんって!」
「……ふん、このっ!風情のない松め!!!」
「え?!あ!? 今、思いっきり本心?!?」
「!!…おっと…、…では、わちしはゆく。松よ、達者で…。」
「あ!師匠!一句もなく?!一句も!?ここは景勝地っすよ?!…あー、またいつか寄ってくださいよ!俺、待ってますから!!あーあ…!」
…ったく、なんだ、あの松は…。
あれでは句なぞ詠めん。うるさくて敵わん。
せっかくの風情が、全く…。
俳句ってものは風情ってものだろう…。
違うか?…いや、そうだろう。違うか…?
いや、よく考えてみたら、俳句とは、…なんぞや…。…と、ともかく、それにしても、大体あの松は一体なんだ…?句を詠むなど奇妙な松もあるもんだ…。
…お?
なんだか、一句…?
いや…、うーむ、う…、うん…、いや、そうでない…、ああだからして、そうそう、いや、違う、あ?う、ん…?
うーむ……
つ、次の景勝地はいづこ……
おわり