オーズとシニガミ
「城に電気をやってる企業は全て買収したか?」
「はい、全て。アイギス城のエネルギーは、オーズ様の手の内です」
「フフ…ハハハ!もうすぐこの星は俺のもんだ!もう犬の芝居にはウンザリだぜ。おい、次はどんな手を打ってあるんだ」
「セーブ王の暗殺ですね」
「そうだ」
「とっておきの手をご用意してあります」
「…と言うと?」
足を組んで座っているオーズは顎に手をやり、空いた手の指でテーブルをコツコツと打った。
「…多元宇宙を利用します」
「ほう?」
「我々の宇宙に存在せぬ物理法則を使い、王のアストラル体を抹消します。いくら戦に秀でた王であろうと、この世の法則を無視した手段には抵抗できますまい」
「するってえとアレか。反逆者の追放に使ってる装置を逆演算で使うってか」
「…はい」
「フン、面白えな。何を呼び出すつもりだ」
「………神話に描かれる、死神を」
オーズは手を叩いて大笑いした。
「ッハハア!ぬかすぜ!随分と前時代的だな?俺が何より嫌いな、古クセェってヤツだ」
「この世界では神の存在を確認出来ぬことが通説ですが、神が日常に存在し、崇められている異世界は数多く存在します」
「フン、科学的には遅れてんだろうな」
「しかし、信仰を集め実存する神をこちらに呼び寄せられるならば」
「…ま、セーブにゃ気取られる心配は無さそうだな。いいぜ。許可する。やってみろ」
「…はい」
沢山のコードに繋がれたカプセルのような装置の前。
それを操作する部下、後ろで腕を組み見やるオーズ。
「………目標と合致するエネルギー反応を確認しました。呼び出します」
「おう」
カプセルの中の電子部品が強い光を放つ。
次の瞬間、そこに浮かんでいたのは…煙草だった。
「は?おい、これが"シニガミ"かよ」
煙草は不愉快そうに声を発した。
『…何の用だ』
「ッハハ!おい、喋ったぜ。喋る煙草がシニガミ様ってか?」
「オーズ様。信仰に乏しい我らの世界では、姿が認知されないのかもしれません」
『…何の用だと言っているが』
煙草は苛立ちを隠さぬ声色だ。
「おい、てめえ、シニガミなんだってな。昔話じゃ、召喚者の命令で殺しを請け負うって話だろ?」
『…殺し目的で俺を呼んだか。そいつは信心深くてかなわんね』
「ヘッ、俺は神話だの童話だの夢物語は嫌いでよ。ようは力さえありゃいい。本物ならこいつを殺してみろ」
指をさされたのは、先ほどまでオーズと会話していた部下だ。
「………」
部下は無抵抗に立ち尽くしている。
『…ほう…信用ならんかね。まったく、安く見られたものだ』
一瞬の静寂。
続いて、部下の倒れる音。
「ッハッハッハッハァ!!マジモンかよ!」
愉快そうに笑うオーズ。
その横で別のカプセルが光り、倒れた者と全く同じ姿の部下が現れた。
「よし、こいつは使えるな。姿が見えねえのも好都合だ。おい、シニガミ。俺と契約しろ」
『…フン…どうしても…と言うならば、その可愛いおて手を拝借しようか。死神ってのは、命よりも契約が大事なんでね』
「何だ?書面契約か。依頼内容…魂…アストラル体だな…の解放…。報酬…死神煙草…?おい、この死神煙草ってえのは何だ。俺の星の銘柄にゃ無いぜ」
『言ったところでお前さんにわかるかね。重要なのはアンタのサインだ。……ま、契約ついでにいい酒でもあれば嬉しいとこだがね』
「チッ、食えねえ野郎だ。まあいい、確実に仕留めろよ。酒ならその後でくれてやる」
オーズはサインを殴り書いた。
『…割に綺麗な字を書くじゃないか。さて、契約成立だ。誰を殺す』
「奴だ」
オーズは手先で何かを操作するような仕草をした。
すると死神の前に、光る画面が現れる。
画面には、流れ星のような髪を持つ宇宙人が映っている。
「名はセーブ。この星を統括してやがる」
続いて、地図と建物の見取り図が表示された。
「そいつの居所だ。まだ情報は要るか」
『…充分だ』
言って、死神は消え去った。
セーブの訃報は、三十分も経たぬうちにオーズの元へ届いた。
目を見開くオーズの前に、煙草がゆらりと現れる。
オーズは『ハッ』と笑うと席を立ち、後ろにある箱型のセラーから酒瓶を取り出すと、死神に向かって放り投げた。
瓶は床に落ちる前に空中で留まる。
「旨いぜ」
『俺に毒は効かんよ』
「旨いことは確かだぜ」
死神は瓶ごと掻き消え、それきりだった。
「やっぱり食えねえ野郎だ」
オーズはテーブルに片肘をつき手に顎を乗せ、ひとりごちた。
三十分弱前。
セーブは広間の玉座に座って部下の報告を聞いていた。
報告を終えた部下は、一礼し去っていく。
「……水面下の買収…」
呟いたセーブは、頭上の監視装置を見上げ、言う。
「案ずるな。勝手はさせぬ」
それは買収された企業に届いていようが、城の管理室に届いていようが構わないことだった。
セーブは一人、今後の動き方について思考を巡らせる。
…煙草の臭いがした。
『誰だ』と声を上げるより先に、彼は事切れる。
最期の瞬間、煙にまみれる瞳と確かに目が合った。
座ったままの彼の遺体が発見されるのは、それから二十分ほど後のことだった。
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