早朝の寒空に滲む橙

出張の日の朝。

いつの間にかずいぶん日が短くなったものだと驚いてしまう。
空気も乾いていて呼吸をするたびに白く重たそうな息が口から洩れる。

毎週の事で、僕はちょうど日が昇り始めたころに家を出る。
まだ暗い空、真っ白い蛍光灯に照らされるバスの車内に入ると、どこか知らない場所に向かっているような気分になる。
だからなのか、なんだか眠たくもないのにうつむいて目を閉じてしまう。

駅に近づくにつれてぽつりぽつりと車内に人の気配が増えていって。
顔を上げたときには通路に人がいっぱいに立っていて、そこで僕はバスを降りる。

駅につく頃にはもう日は登っていて、それでもまだ眠たそうな空気が靄の様に辺りを包み込んでいる。僕は一本だけタバコを吸う。
結局この動作のせいで、喫煙所から駅のホームまで小走りで急がなくてはならなくなるのだけど、なんだかその手順を抜いてしまうとムズ痒い気持ちになってしまうから、電子タバコの電源を入れながら駅の改札の方に向けて走る準備をする。(ただの気の持ちようで、ホーム到着までの時間には影響していないのだろうけど)

何事にもルーティーンを作っているってわけではなくて、ただ何となく気が向くと同じような行動をしていることがある。でもそれは何かいいことに向いているわけではなくて、そのほとんどは、やめたって大した事のないのだろうと思う。

僕の人生も一緒だ。やめたって大して何も変わらない。そう考えて吐く息は、朝に吐き出したものよりも密度が低いずっと薄い白でゆらゆらと空に向かって上がっていく。

東京駅について新幹線に乗り換える。ここでまた少し時間があって、僕はもう一本だけタバコを吸って、売店で朝食を買う。

車内で作業をすることを考えて、できる限り簡単に食べることができるものにしてはいるが、未だに適切な量が分からずに足りなかったり多すぎたりして、目的地に到着するころにはいつも後悔する。

仕事をして、ホテルにチェックインして、それから少しだけだらだらとしてからパソコンに向かい、そのあと夕飯を食べるために外に出る。

一人っきりだから、どこに行くにも少しだけ寂しく感じる。
繁華街の光は事務的に僕を照らしている。

孤独ってのは心の中にしか存在しない。安っぽいJ-POPの歌詞みたいな言葉を誰かが言っていたような気がする。

思い出して僕は立ち止った。駅前はもう人もまばらで、僕自身もまるでフィクションの世界に放り出されたような気分になった。

冷たい風が吹いて僕は身を丸めた。こういう時は自然がありがたく感じられる。彼らは誰に対しても実に平等だ。

この風を受ければ誰だって身を切るように感じるに違いない。

僕は少し歩いてからコンビニで缶コーヒーを買ってホテルに戻った。

少しだけぼーっとしながらコーヒーを飲んで、電子タバコのスイッチを入れる。小さな振動が僕の手のひらに伝わってから僕はベッドに腰かけていた身体を立ち上がらせる。

明日の身支度にシャツのしわを伸ばして、荷物をかたずける。そうしている内に二度目の振動を感じ取って手を止める。まだ焦げ臭いカートリッジを電子タバコから抜き取って雑に灰皿に投げ込む。

それから、歯を磨いて床に就いた。

次の日の朝、僕は早めに目が覚める。ホテルの朝食までには少しだけ時間があったから、一度外の空気を吸いに出る。

簡易的な喫煙所で僕はまた空を見上げる。日は登り始めたばかりで、まだ空は濃い藍色をしていた。

吐き出す煙は外気に冷まされた吐息とたばこの煙がまじりあって、なんとも重々しく見える。

その煙の向こうで日の光が空に滲むように差し込んでいく。

重々しい夜の藍色に朝の橙がじわじわと滲んでいく。

寒空に滲む橙を見て、僕の一日は始まる。

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