白スニーカーの魔法
ネガティブ界の歴史に残る、世紀の大発明をしてしまったかもしれない。
お気に入りの白スニーカーを履いていると、下を向いて歩いていても、ちょっと嬉しい気持ちになって、それだけで上を向きたくなるみたい。
という文を思いついて、noteに書こうと意気込んでいたのですが、夜になって雨に降られました。
買ったばかりの、お気に入りの、白いスニーカーなのに。
ほんとそういうとこ、ついてないよなあ、と思いつつも、この状況が逆に少し、面白い。
先日、とってもポジティブでエネルギッシュな(とわたしが認識している)女性とお話していたら、
「ネガティブは性格だけど、ポジティブは技術だから」
という言葉が飛び出しまして。
それはわたしに向けられたものではなかったのだけど、わたしにもものすごくインパクトがあって。
わたしは、ネガティブとポジティブの間には、一生越えられない壁があると思っていた。
わたしはネガティブなので、ポジティブ側には一生行けないと思っていた。
でも、ポジティブな人自身によると、どうもそうではないらしい。
すべての人がそうなのかはわからないけど、少なくとも彼女は、意識的に心がけてポジティブでいる、ということだ。
それは、ともすれば無理をしたり人に合わせたりすることになってしまいがちなように思うのだけど、
彼女の言う「技術」は、自分自身が楽しくいるための、お守りみたいなものなのかな、と思った。
「技術」という言葉の救いは、努力次第で身に付けられるということだ。
悲しいことや落ち込むことがあって自分とか生きてることとかが嫌になると、わたしはまず、お風呂に入れなくなる。
時間とか手間とかそういう問題ではなくて、放棄してしまう。
たぶんそれは人によって、ごはんを食べられなくなるとか、食べすぎるとか、ゴミを溜め込むとか、いろいろな表出の仕方があるだろな、と思うのだけど。
一昨日もそんな状態だったのだけど、そういえばポジティブは技術、らしい。
ということで、ものは試しでお風呂に入ってみた(といってもシャワーのみ)。
ドライヤーして、スキンケアもした。
髪がサラサラになって、肌がもちもちになったら、なんだか自分も、ちゃんと大切にする/されるに足る存在のような気がしてきた。
もしかして、髪をサラサラにしたり肌をもちもちにしたりすることは、明日の自分を思うことと、つながっているのかもしれないな、という発見があった。
もちろんこれからも、なんにも出来ないくらい苦しくて、布団にくるまってじっとしているしかない日は、きっと訪れる。
まあそれはそれで仕方ないと思う。
でもお風呂に入るという復活の手段を一つゲットした。
大収穫だ。
それに白いスニーカーという手段もゲットした。
実は、靴ずれが、けっこう痛いけど。
現実って、たぶんそういうことだ。