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【エッセイ】ミスプリ

*本エッセイは、ZINE「みつめるノイズ」に収録しているうちの一本です。

ミスプリ


 日本は、めちゃくちゃ印刷の正確さに厳しい国だ。入稿作業の中の過程をひとつすっ飛ばすだけでも「きちんとガイドラインを読んで再入稿しなさ〜い!」と印刷所からデータを突っ返される。トンボ※の四隅に塗り足し3mmずつ付け忘れただけでもエートですね……とオペレーターから電話が来る。このやりとりを教訓に、デザイナーは成長する…… 。そして苦労した分、大抵はきれいに裁断され、だいたいは落丁なく製本され、ほとんどの場合は仕上がった印刷物が届くので安心する。印刷所の皆さん、いつもほんまありがとう。

※トンボ…印刷物の裁断ガイドライン。印刷物はトンボに沿って、仕上がりサイズに裁断される。

 ところが海外だと、1種類の印刷物の中で品質がばらついているとか、落丁や印刷汚れがよくあるらしい。トンボにしたって、日本式と西洋式で仕様が違う。ついでに言えば、日本では西洋トンボでは入稿できない。西洋トンボだと仕上がりに余計な線が入りやすいから。

 そんなワケなもんで、日本人が海外の印刷所へ注文した結果「なんで、こんな……」と仕上がりの荒さに驚いたというブログ記事があちこちで散見される。日本の印刷物はキッチリ美しく仕上がっていて、それでいて工業的な云々…それが正解とされているから。この現状からして海外の印刷クオリティがどうのこうの云々というわけではなく「1990年代から日本が印刷の正確さに特別厳しいのは変わってないんだな」と感じている。

 1995年頃、現代美術家の大竹伸朗氏はオリンピック文化事業「カルチュアル・オリンピアード」の一環でアトランタへ赴き、現地で限られた機材と荒い版で本制作に挑戦したエピソードがあるアトランタの現地スタッフから「うちじゃ日本ほど正確に印刷できない、絶対版ズレしちゃうと思う……」と伝えられたとのことで、20年前も今も大して状況は変わっとらんなと感じた。ちなみに、この時は大竹氏の「版ズレ上等、いいね」というスタンスとアイディア+現地スタッフの熱意で素晴らしい本に仕上げられたという。

 ミスプリントの中でも意図した場合の版ズレやモアレは市民権を得ている感じはある。筆者自身も版の劣化による擦れや、印刷面を間違えて被せて印刷してしまうのも、オッ、と嬉しくなる(納期に追われていないことが前提だけど)。ミスプリントの美学は日本の印刷業界がキッチリ、クオリティを保ってやってくれているからこそ感じられるものだし、そういう意味では20年も変わらないでいてくれてほんまありがとうなと思う。普段からとんでもない仕上がりばかりだったら、この面白さは一生理解できなかったはずだ。ミスプリントにシビアな国・ニッポンを讃えつつ、ミスを恐れずにプリントする。水性インクで汚れた手をじっと見る。

参考文献:大竹伸朗『既にそこにあるもの(1999年・ちくま文庫)

Saya Akasegawa

<ZINE販売ページ>https://saya-akasegawa.booth.pm/

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