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JR東海「会いにいこう」に隠されたTOKIOの迷走とUAの令和な回答

運動神経が悪い私でも、長年の訓練により左手の親指を高速に動かすスキップだけは得意になったものである。どんなに疲れていても、画面左端を連打することで無意識に広告を飛ばせるのは私の数少ない特技でもある。しかし、そんな私もたまに親指を画面から離して最後まで見たくなる広告に出会うことがある。JR東海の「会いにいこう」キャンペーンはそんな広告の一つである。

先日、JR東海は東海道新幹線開業60周年を記念して「60年分の会いにいこう」を公開した。「60年分の思い出」をテーマにお客様から寄せられたとされる写真や映像とともに60年を振り返る内容のCMだが、公式YouTubeチャンネルでは再生回数260万回(2024年10月13日現在)を超えている。

これだけの高反響は今に始まったことではなく、JR東海の「会いにいこう」キャンペーンは毎回好評で、最初の「会いにいこう」のフルバージョンの動画はいまだに再生回数を伸ばし続けている。たぶん。

今やJR東海のイメージソングとして定着してきた「会いにいこう」だが、初めて楽曲が公開されたのは昨年の春。当初は、TOKIOの「AMBITIOUS JAPAN!」に代わる新しい車内チャイムとして注目を集め、「会いにいこう」というコピーは “会えなかった”コロナ禍を背景に“会う”ことの意味を伝える広告として高く評価された。今では当時のコロナ明けのムードを象徴するCMとして記憶している人も多いだろう。しかし、「会いにいこう」を語るのにおいてコロナ明けCMとして成功は表層的な意味でしかない。ここからは私の思う深層的な意味での成功を語りたいと思う。

TOKIOが駆け抜ける”白”の時代

「会いにいこう」を読み解くためには、まずこのキャンペーンが「AMBITIOUS JAPAN!」からバトンを受け継ぐポジションにあることを忘れてはならない。「AMBITIOUS JAPAN!」は約20年もの間、新幹線の車内チャイムとして使用され多くの人に親しまれてきたため、どんな楽曲であるかは今更説明不要であろう。しかし、あなたは「AMBITIOUS JAPAN!」公開当初のこのCMを覚えているだろうか。

TOKIOのメンバーが全力で走る姿が印象的なこのCMは、東海道新幹線品川駅の開業と東海道・山陽新幹線のダイヤ改正を記念して2003年に制作された。新幹線のスピードを感じるような疾走感あふれるこの曲は、元気に満ち溢れているが、そんな音楽の印象に反して映像は驚くほど暗いシーンからスタートしている。ここに当時の時代性を感じることはできないだろうか。CMが公開された2003年はバブルが崩壊してから約10年。失われた10年と言われたこの時期において「突き進めば望みはかなう」という歌い出しは、今振り返って見ると当時の気分を歌っているように聞こえる。過去の輝かしい栄光も挫折も、思わない日はないが“立ち止まらない振り返らない” 。今私たちにできることは“やるべきことをやるだけさ”。そうすれば、きっといつか雲は晴れて“輝く夜明け”がやってくる。そう信じて全力で走り続けるが、何に向かって走っているのか目的地ははっきりしない。“真実の自分”に出逢いたいというがそれは何なのか。行く先は言わないまま、ひたすら走るTOKIOと700系新幹線の横顔がまるで踊る大捜査線のエンディングの如く映し出される。令和に生きる私たちにとって、あまりに都合が良すぎる解釈かもしれないが、そのように考えれば「AMBITIOUS JAPAN!」というコピーそのものも、この意味に共鳴してくるのだ。それから20年。東海道新幹線は毎日この曲と共に走り続けたが、失われた10年は20年、30年と伸びていき、結局“のぞみ”がかなうことはなかった。というより、CMでは世が明けて光の世界を真っ直ぐ走っていたが、実際には真っ白な世界は人々の方向感覚を失わせた。そして私たちは新しい令和の時代を迎え、未曾有の危機を経験し、求めるものは一つに定まった。それが“会う”ことだったのである。

UAが歌う新しい時代

中央都市に向かって走る新幹線はこの60年間人々を上京物語に巻き込んできた。ここにある上昇志向はまさにTOKIOの全力疾走に象徴されていた。しかし、2020年の新型コロナウイルスの感染拡大により、人々は集中することから分散することへの転換を命じられ、これに合わせて東海道新幹線の役割も変容した。その時代の変化を捉えたのが「会いにいこう」だったのである。TOKIOが追求した“真実の自分”への旅はやめて、会いたい人に会う。これは夢を諦めたということではなく、より実感的な方へ、より現実的な道へと進む現代人を支える乗り物として東海道新幹線は進化したということを意味している。その“踏み出す一歩が僕と今日を変えていく”。「会いにいこう」はまさに「AMBITIOUS JAPAN!」に対するJR東海の令和なアンサーになっているのだ。

また、東海道線にリニア中央新幹線を開業させることを目指すJR東海は、東海道新幹線からリニアへ「夢の超特急」の看板が引き継がれとき、東海道新幹線の意義が問われることになる未来を見据えている。脱上京物語、脱上昇志向の「会いにいこう」はその準備とも読み解くことができるかもしれない。

かつて、青島警部と室井慎次が誓った「偉くなって、正しいことができるようにする」という約束も守れなかったと語られる今日において、人々の頑張る目的が再検討されている。そんな時代に生きる私は、今日も実感的な場所を探すために画面を左指で連打する。


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