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全てが繋がる瞬間 事実は一つ捉え方次第で過去も変わる

先日、父が亡くなった
家にいたいという父の意向を
最後まで貫いたのは娘の思い

父にとっては初孫
父は1階、娘と息子は2階に住んでいる二世帯住宅

どんどんできることが減っていく父を
仕事をしながら父の意向を優先させると覚悟を決めた娘
いろんな手続きを始め、身の回りのことをしてくれた

遠くにいて様子が見えなくて
「いつでも帰るよ」と伝えていたが、
「いざという時にお願いする」と1人で頑張っていた

そんな娘から「帰ってきて」の電話が来た時
仕事の予定より優先させるのは
娘のSOSに応えること
そこに何の迷いもなかった

私にとって娘は私を選んで生まれてきてくれたことで、私の深い傷を癒してくれた存在
あの時『娘がどんなことをしたとしても、たとえ世界中を敵に回してもこの子を守る』と
誓ったのです

娘が私を呼んだのは「父が1人になる時間があるならば今すぐ施設に入れなさい」とようやく決まったケアマネさんに言われ
何としてもそれは避けたい!
父の意向は家で過ごすこと
父を1人にしないを娘1人では叶えられず、足りない時間を私にカバーして欲しいということだった

色々な介護サービスを組み合わせて、父の意向を汲んでいきたいと考えていた娘は介護のコーディネートがプロのケアマネさんに相談に乗ってもらえると思ったのに、選択肢がないことがおかしい!と怒っていた

娘の想い=父の想い 
父の想いを叶えるための代弁者として
一緒に傷ついてしまった

支払い方法は現金払いにするか口座引き落としにするかということも、娘が聞いていないことは父が起きるまで待って、一つ一つ本人の意思を確認した
娘が判断することは娘が動くことの約束だけ

例えば打ち合わせ
例えば娘との連絡はいつがいいか?と問われた時の回答だけ
父の診察、父の介護については漏らすことなく父に聞いていた
それは意識が朦朧としていてもまずは聞く
返事ができない時には○○するよーと声をかけるという具合に勝手に父のことを娘が決めることはなかった

その徹底した態度はなかなかできるものではないなと思った

父が亡くなった今…
ようやく振り返ってみることができているのですが、全ては絶妙なタイミングで出来事が起きて、感じたことがそれぞれあり次の場面へと移っていく
1本の映画のようだ

葬儀の打ち合わせをしたり、遺言書はきっとどこかにあるよねと家族全員一致で思っていて、やることはたくさんある
目まぐるしい時間が流れて、誰かからの電話や何かを思い出しては涙をこぼしながら
でも、こんなことあったよねーと大笑いしている
でもまだ父が亡くなってからは1日しか過ぎてないんだな…

そんな中、夜中に目が覚めた私は
「ひとりぼっちになりたくない」というワードを受け取った
実は父の遺体の横には娘が寂しくないように…とプーさんのぬいぐるみを置いていた
これだけしっかりしている娘なのにとても幼い面を見て、そのギャップは何だろうと考えて寝たからそのメッセージを受け取ったと思う。
そしてあることを思い出す
「ごめん!ごめん!そうだよね…ひとりぼっちは寂しかったよね!しかも自分の気持ちは無視されたと思ってしまったよね」と私は娘の幼少期のことを思い出しぼろぼろと涙が出た

自分のことを後回しにして娘がこんなにまでも父の想いを尊重している理由がわかってしまった

最後6ヶ月の時に入院した娘は初めて母親と引き離されて病院のベットでひとりぽっちを経験していた
咳がひどくて病院に行ったらそのまま入院
看護師さんにおいでと言われて、愛想良くニコニコと抱っこされて行ってしまった

あの時、自分は当事者なのに何の説明してもらえなかったことが傷になっているのだと思う

入院の用意をして面会の時間に会いにいくと
点滴が抜けないように添木をあてられて、包帯でぐるぐるまきにされた腕で涙を拭ったのだろう
顔中真っ赤に腫れ上がって泣きじゃくっている娘を見て私も一緒になって泣いていた

当時はまだこんな小さな子に意思があるなんて思っても見なくて全て大人の都合だった

泊まり込みのできない病院だったので面会時間が終わる時には帰らなくてはならず、
泣いている娘を置いていくのは辛過ぎて
寝かしつけてそっとベットに降ろしてきてしまった

次の日に娘のところに行くと明らかに様子がおかしい
一切、笑わなくなり、いつも怯えている
特に白い服を着た人が病室に入ってくるとを怖がり異常なまで泣き叫んだ
娘の中で痛いことをする人は白い服を着ているとと思ったらしい
面会時間が終わる頃に寝かしつけようとすると絶対に寝ない
置いていかれるのが嫌だったのだろう…
それまで誰にでもニコニコしていた娘は変わってしまった

あ!そうか!あの時の娘の気持ち…誰も自分の意思を尊重してくれる人はいなかった
母でさえそれに気付かずひとりぼっちにさせられたことが傷になっていたんだ
ごめんね
やっとわかったよ

この時の出来事から、今ではどんなに小さな子でも意思がありただ日本語が話せないだけだということを理解した
だから私は生後間もない赤ちゃんにも話しかける
非言語で会話をするようにしている

でも張本人の心の傷を癒してあげられてなかったことに気がついた
今、全てが繋がった
一貫して私に訴えていたのは「想いを尊重して欲しい」
全て思い通りにしたいということではなくて今の気持ちはこうだ!ということを汲むこと

それって私が父に対して抱いていた想いと全く一緒で、お金で解決する父に「お金なんていらないから話を聞いて」と思っていたのと同じじゃん

『お前は橋の下で拾ってきた!うちの子じゃない」と何度も言われていて事実だと思っていた私はひとりぼっちなんだと思っていたし、親じゃなくてもこの人に捨てられたら生きていかれないと思っていた
笑うかもしれないがこれは幼心に本当にそう思っていた

捨てられてしまう
その恐怖がいつもあって。
娘も同じ気持ちだったのかも
病室に置いていかれる寂しさ、心細さが
大人になった今も癒えずにいたんだよね

気が付くことでいまこの瞬間、私の世界は変わった

世界はとてもシンプルに『愛』に満ち溢れていることに気が付き余計な思い込みをやめる

出来事はひとつ
捉え方次第で過去は変えられる


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