月光荘と赤軍テロリストの関係
「月光荘はかつてテロリストの本拠地として使用されていたという噂はあったみたいね」
「らしいね」
「しかも、ベランダの近くにある美しい花壇では、いわゆる総括が行われていたとか」
「総括っていうのは、ちょうどそのころ、例の日本赤軍も逃亡中にやってた集団リンチ的な処刑だよね」
「つまり、単なるテロリストじゃなくて、共産主義テロリストだったってわけね。その点、今度出てきたマラヤ共産党暗殺説とも符合するわね」
「でも、おかしいと思わないか?」
「なにが?」
「だって、リン博士は生まれは中国人だけど、共産主義には染まらず逃げ出した人だろ?」
「そうね、1949年に中国共産党の支配がはじまるや、とるものもとりあえず香港に逃げ、さらにシンガポールに移ったんだし」
「だのに、なぜ共産主義テロリストのいわくつきの別荘なんかを購入することにしたんだ?」
「そういうことはあまり気にしない人たちだったんじゃない? むしろ、そういうわけあり物件だったおかげで破格の安さだったようだし」
「かもね。ウィリアム・ウォレンも、そういうふうに軽く流して書いてる。でも、僕は何かひっかかるんだ」
「たしかに、まだキャメロンハイランド一帯には、赤軍テロリストの残党やシンパが隠れ住み続けてたみたいだものね」
「だろ? リン夫妻は、あくまでも老後の隠居所としてあそこを購った。なにしろ、当時としてはシンガポールから気軽に行けるような距離じゃなかったんだしさ」
「タナ・ラタに住むオランダ人夫婦とエージェント契約して、休暇用のレンタルハウスとして貸出しする手はずまで整えていたようね」
「それも、単なる貸別荘じゃなくて、むしろB&Bや民宿みたいな形でね」
「そう、それ! モハメッドMohmmed!」
「うん。マレー人の彼とその家族が、サーバント・クオーターに住み込んで、料理や掃除だけじゃなく、土地の手入れまでやっていた。…となると、彼こそがマラヤ共産党の残党かシンパだった可能性出てくる。でしょ?」
「問題は、それが事実だったとして、リン夫妻がそのことに気づいていたかどうかってことね」