46キロを歩いてたどる地球の46億年
2021年4月24日、「玉川上水46億年を歩く」(代表:リー智子/共催:東京ビエンナーレ)が開催された。参加者とスタッフが歩いたのは玉川上水で、東京都羽村市の水源から千代田区の皇居半蔵門まで全長46キロメートル。
玉川上水は1653年に玉川兄弟によってひらかれた上水道である。羽村市にある多摩川の取水堰から武蔵野台地を横断し新宿区四谷の大木戸まで続く。大木戸から石や木で造られた水道管を使って江戸の町に飲料水として提供された。それゆえ玉川上水は幕府による厳しい管理下におかれた。
自然豊かな武蔵野台地から世界有数の巨大都市・東京へ貫流する「水と緑の大動脈」玉川上水。本企画は羽村~四谷大木戸間43キロとそこから江戸城のあった皇居までの道のり3キロを加えた全長46キロを、「1km=1億年」に換算して地球46億年の歴史を想像しながら歩くプロジェクトである。
気温13℃前後の快晴でむかえた朝7時、羽村取水堰を出発。その日はじめて会った参加者と出発前に配られた手作りのマップを見て「ここはどんなことが起こってたんでしょうねえ」と話しながら歩く。スタートから1キロ(45億年前)で月が誕生するきっかけになった天体衝突(ジャイアントインパクト)が起こる。3キロ(43億年前)すぎの福生市で地球に海が誕生、拝島駅手前の西武線の踏切あたり6キロ(40億年前)で最初の生命が誕生する。地球の歴史に照らしあわせて想像してみると、なんでもない風景が不思議となにか意味をもってくる。
昼食の休憩場所である小平市役所前では、地元の幼稚園児による玉川上水の絵と有志による音楽が参加者に披露された。縦1メートル、横20メートルの段ボールにクレヨンと水彩で2年かけて描かれた大作である。踏切や小さな用水路など、こども目線の風景がしっかりと入っていた。
スタートから32キロ(14億年前)の杉並区高井戸で玉川上水は高速道路の下の暗渠に姿を消す。ここから都会に入る。自然のなかを歩いていたときよりも足どりは重く、「1億年」が長く感じられた。新宿区初台あたりで多様な生物が一気に誕生する「カンブリア爆発」(5億4200万年前)をむかえ、玉川上水の終点・四谷大木戸は古生代ペルム紀(2億9900万年前)の初期あたり。日没をすぎて空はすでに暗くなっていたが、東京の街は明るく、残り約3億年は安全に歩くことができた(地球の歴史では、この間にも隕石衝突による大量絶滅がおきており、ちっとも安全ではなかった)。
いまの新生代第四紀は260万年前からはじまった。「1km=1億年」に換算するとゴールの26メートル手前。世界中に広がったわれわれホモ・サピエンスの祖先がアフリカにあらわれたのが20万年前、ゴールのわずか2メートル手前である。人類の歴史、メソポタミア文明もクレオパトラもナポレオンもわずか2、3歩で踏み越え、羽村取水堰を朝7時に出発してから12時間44分、皇居半蔵門で「46億年の旅」を終えた。ゴールでは、氷河期に遭遇したであろう巨大獣と人類の一場面を描いた影絵が映され参加者を出迎えてくれた。
このプロジェクトは「いまを生きる「ヒト」の立ち位置を考えるプロジェクト」 と題している。地球誕生から46億年。80年くらいで寿命が尽きるわれわれには想像しがたい時間の長さである。しかし、それを距離に置きかえ、実際に歩くことで足の痛みや疲労をともなって時間を「体感」する。生物の爆発的進化をもたらした「カンブリア爆発」までの約40キロ、そして地球上でいま繁栄する人類の歴史がたったの2メートルだったことに驚かされる。ヒトの一生は0.8ミリ、せいぜいシャープペンシルの芯の太さ程度。歩きながら地球がたどってきた膨大な時間を想像することで、絶滅した生物を含め多様な生命のなかにいるヒトの立ち位置を全身で知ることができた。
渡抜貴史