都心のビルの隙間でも、人は自然とつながれるのか? |Urbanist Camp Tokyo2023 効果検証レポート
都市体験のデザインスタジオ「for Cities」とYAUが連携し、大丸有エリアのアーバニストを育成・発掘するプログラム「Urbanist Camp Tokyo」。2023年度の開催では、効果検証パートナーとして東京大学総括プロジェクト機構特任講師の山崎嵩拓さんに参加いただきました。体験者に向けたアンケート調査など、プログラム全体を通じて効果検証を行いました。本稿では、山崎さんによる論考をお届けします。
文=山崎嵩拓
写真=Daisuke Murakami / Aiko Oka
イントロダクション
人と自然のつながりは、今や世界中で関心の高い研究テーマになりつつある。自然とのつながりを深めることによって、個人にとっては精神的な健康やウェルビーイングの向上が期待でき、さらに、環境に配慮した行動を促す可能性もあることから、地球環境の健康にも寄与しうると考えられている。つまり、「プラネタリーヘルス」のためのアクションとして、自然とのつながりの強化が注目されている。
人と自然のつながりを深める方法には、いくつかの有効な方法が過去の研究によって報告されている(Sheffield et al., 2022)。その一例をあげると、人の手があまり入っていない大自然に足をはこび、1週間以上の自然体験プログラムに参加することの有効性などが実証されている。そのなかには、専門家による自然環境のレクチャーや長時間の山歩き活動などが含まれている(Keenan et al., 2021)。一方で、最近の研究では、VRゴーグルを着用して自然の体験をすることにも、一定程度の効果があるということが報告されつつある(Chan et al., 2021)。
しかし、こうした方法は、現在の都市生活者である私たちにとっては、かなり自然への"集中"を強要されるように感じる。例えば、子育て中の共働き夫婦が、オフィスへの通勤や長時間の労働、家での家事や育児と、かなりの時間を欠くことのできない行動に充てているなかで、定期的な自然体験を生活に取り入れるということは容易ではない。VRゴーグルの着用を通じた自然体験についても、子供と一緒に余暇の時間を過ごす中で、かつ、平日はPCに長時間向き合っている生活の中で、わざわざ選択するだろうか。
では、大都市で生活する人々は、いかに自然とのつながりを深めることができるだろう。「プラネタリーヘルス」のために人と自然のつながりを深めることが重要であるとするならば、忙しい都市生活者であっても五感を開放できる空間が都市の中に存在するべきだと筆者らは考える。
都市体験のデザインスタジオである一般社団法人for citiesは有楽町アートアーバニズム(YAU)と共に、2023年9月〜2024年2月にかけて、公募した32人のアーバニストと共に「Rewilding / 再野生化」をテーマに半年間のリサーチを行った(プロジェクト名:Urbanist Camp Tokyo)。成果発表として行われたのが、実際の街での社会実験のインストレーションだ。ここで開発されたのが「野台」と称した体験型モジュールでプラネタリーヘルスにアプローチする手段になると考えている。
野台とはいかなるもので、その効果はどれほどのものなのか。有楽町のビルの隙間にある公共空間「Slit Park」で実施した一つのプロジェクトから紐解いていきたい。
ターゲット
野台とは、歩行モジュールと円形モジュールの2つのモジュールからなる体験型のインスタレーションである。「五感を開放する都市の居場所」というコンセプトで制作されたもので、歩行モジュールは、地面に土を敷いたインスタレーションであり、参加者は裸足になって土の上を歩くことができる。
円形モジュールは、植物に囲まれた円柱状のインスタレーションであり、参加者は手触りや香りを感じられるほどの至近距離にある植物に囲まれながら、休憩したり、本を読んだり、PCを広げたりすることができる。
2つのモジュールの設置場所であるSlit Park(東京都千代田区有楽町)は、日本を代表する中心業務地区である大丸有地区の一角にある。大丸有エリアには毎日20万人ほどのオフィスワーカーが通勤している。Slit Parkはビルとビルの隙間にある狭小な路地のようなオープンスペースであり、植栽やキッチンカーなどが設置されている。
リサーチ
野台は自然とのつながりを深めることに貢献するのか、という疑問に答えるために、以下の2つの観点でアンケート調査を実施した。アンケートの対象者は「野台」を体験した人であり、その対象群として、Slit Parkに滞留していた人(野台の非体験者)にもアンケートを行った。
野台を体験した人は、非体験者と比べ、五感を働かせていた。
野台を体験した人は、非体験者と比べ、自然とのつながりをより強く感じた。
特に「2」の仮説を検証するために、「自然とのつながり尺度(Inclusion of Nature in Self)」を採用した(Schultz, 2002)。
リザルト
アンケート調査の結果、野台を体験した43名から回答を得ることができた、男女比は(51:47)であった。年代は20〜34歳の回答者が約60%を占めており、次いで35〜49歳が25%程度であった。なお、比較対象となる非体験者は14名の回答を集めることができた。
五感の働き
野台を体験している人は、非体験者と比べて、五感をよくつかっていることがわかった。「味わう・耳をすませる・観察する」といった項目は20%程度の差があり、「触れる」は40%以上、「嗅ぐ」は60%以上の差がみられた。このことから、野台は都市生活者の五感を働かせることに成功したととらえられる。
自然とのつながり
野台を体験している最中は、日常の余暇よりも、自然と深いつながりを感じていることが分かった。浅いつながり(AからC)の回答は日常の余暇では67%であったのが、野台の体験中では28%に大きく減少し、深いつながり(EからG)の割合は、日常の余暇では12%であったのが、野台の体験中では35%に大きく増加する傾向がみられた。
さらに、野台の体験者と非体験者(Slit Parkの滞留者)での比較を実施した。野台の体験者に対しては、日常の余暇と野台体験中の差、非体験者(Slit Parkの滞留者)に対しては、日常の余暇とSlit Parkの滞在時の差を比較した。その結果、Slit Parkの滞留は余暇よりも自然とのつながりを感じないと回答した人が29%いたのに対し、野台が日常の余暇より自然とのつながりを感じなかった人はいなかった。特に野台に関しては、88%の回答者が、日常の余暇よりも深く自然とのつながりを感じていることが分かった。
コンクルージョン
野台は人と自然のかかわりあいを深めることに貢献することが分かった。人はビルの隙間で土の上を歩いたり、草花に囲まれて時間をすごすことでも、十分に自然との一体感を持てる可能性がある。このことは、既往の研究が報告していた大自然のトレッキングやVRの着用よりも比較的簡単な方法で自然とつながる方法論を提案したことになるのではないだろうか。私たちは、少しのきっかけがあれば、都会の中でも自然とのつながりを感じられるのかもしれない。
このプロジェクトは、大都市の中心業務地区の中にあるビルの隙間で行われた小さな実験である。人ははたして草花に触れ、においを嗅ぎ、触れるのだろうか。そして、自然とのつながりを感じることができるのだろうか。そんなささやかな疑問に答えを与えてくれた。一方で、調査員の声掛けによって回答を集めたという都合上、アンケート回答者が忖度をしている可能性や、声をかけやすい体験者のデータが中心になっている可能性がある。この点は研究の限界である。
より正確なデータの取得によってこのプロジェクトの効果が裏付けられたなら、プラネタリーヘルスの解決という国際的な問題の解決に向けて、あらゆる都心部の公共空間に、かつての喫煙所のように、野台が設置される将来が展望できないだろうか。