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【Art:アート】という祈り
こんにちは、アートセラピーオフィス yumitです。
突然ですが、みなさまは、「絵画の誕生」という神話をご存知でしょうか?
古代ローマの博物学者である大プリニウス(Gaius Plinius Secundus)が、「博物誌」という著書の中に記したものです。
むかしむかし、ギリシャのコリントスという都市に、愛し合っている若い恋人同士がいました。
しかしある時、青年は戦地へ送られることとなり、2人は運命に引き裂かれてしまいます。再び生きて会えるかもわからないまま。
彼女は別離を惜しみ、愛しい彼の面影を僅かでも残しておく方法はないかと必死に考えました。そしてある晩、ランプで彼の姿を照らして、壁面にできた彼の影を描きとめることを思いつくのです。
彼女は、彼の影の輪郭を炭でなぞり、部屋の壁に等身大の彼の“像”を描き出しました。
それが、【この世に絵画が誕生した瞬間】である、というお話です。
(実はこのあと彼女のお父さんがこれをもとに彫像を作ったりと色々あるのですが、今回そこは割愛します)
↑この神話をモチーフにした絵もいくつか存在しています。
大プリニウスは、
「絵画芸術の起源をめぐっては、よくわかっていないし、しかもそれは本書の企図からはずれたところにある。(中略)しかし衆目の一致するところでは、絵画芸術は人間の影の輪郭をなぞることに始まっており、したがって、絵は元来このような方法で描かれたとのことである(第35巻5章/15節)」
と書いています。
愛してやまない恋人が戦地に行ってしまう。彼は無事に戻って来られるかもわからない。もう二度と会うことは叶わないかもしれない。それでも彼を止めることはできない。そんなとき、彼女は思いつくわけです。愛しい彼の姿を、僅かでも自分の近くにとどめておく方法を。
つまり、絵画はある1人の少女の愛によってこの世に誕生した、というわけです。
なんともロマンチックなお話だと思いませんか。
もっと言えば、絵画は、美しさや装飾のために誕生したのではなく、大切な人を失おうとしている人間の、どうしようもない苦しみや悲しみを癒すために生まれたということ。
彼女はきっと、祈るような気持ちで線を引いたことでしょう。どうしようもない無慈悲な現実に対して、彼女ができることは限られていた。彼女にできたことは、遠く離れ離れになる大切な人のイメージ、痕跡を、その手で作り出し、形としてとどめておくことだったのです。
彼女はきっと、彼が行ってしまった後も、その絵画を眺めたことでしょう。彼の無事を祈り、再会を祈ったはずです。その絵画は彼女を慰め、支え、悲哀感情の整理に役に立ったに違いありません。
そういう意味では、ArtとTherapyは、とても親和性の高いものであるように思えます。
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ところで、みなさま【art】の語源をご存知でしょうか?
【art】は英語ですが、その語源を遡るとラテン語の「ars」にたどり着きます。
この「ars」という言葉には、「人間の手で施されるあらゆる術」「人工の」「技術」「資格」「才能」などの意味があったのだそう。だから当時は医術や建築工学、学問などを広く含む大きな概念として使われていたのですね。
(その後産業革命など科学の進歩を境に、この言葉は「技術:technology(テクノロジー)」と「装飾や美的なものを創造する技術:art(アート)」と定義が細分化されていくことになるわけですが、)
とにかく「自然になかったものを人の手で作り出す技術」というのが、「ars」の根幹的意味だ、と言えるかもしれません。
確かに、「artificial」 は「人工的な」という意味ですし、「artless」 は「自然のままの」という意味ですよね。
【ars- 自然になかったものを人の手で作り出す技術】
人間にはどうしようもない、強くて大きな自然(nature)に対して、人間の手で何かを施すこと、作り出すこと。
そう考えると、私たちが現代社会の中で行なっている全ての行為は、artであると言えるかもしれません。
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「絵画の誕生」の神話の中の彼女は、この世に存在しなかった【彼の姿】をその手で作り出しました。
彼女の行為は、まさにart(アート)そのものだったと言えます。
【彼の存在した証を、彼の姿形やイメージを、自分のそばに残しておきたい】という彼女の強い願いが、それまでこの世に存在しなかった【絵画】を作り出したのですね。
アートとは、私たちが世界に対してどうしようもなく無力な状況に置かれた時、打つ手が何も見当たらない時、明るい見通しがどうしても立たない時も、
最後の最後まで奪われずに残されている自主的な創造性、かたちのある【祈り】のようなものなのかもしれません。
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アートセラピーにおいて、セラピストはクライエントの引くたった一本の線をとても大切にしています。
それは、誇張でもなんでもなく、その時、その人にしか引けない線だからです。
その人がたとえどんな大きな苦しみや悲しみに圧倒されていても、自分の手で作りだした一本の線が、現実を変えるための一歩になることがあります。どうしようもない虚しさを潤す最初の一滴になることがあります。
Artとは、祈りであり、願いであり、望むことであり、これまでこの世に存在しえなかったものを作り出すことでもあります。
私たちは、アートセラピーという言葉が誕生するずっと前から、(もしかしたらArtが誕生した時から)
アートをセラピーとして使ってきていたのかもしれません。
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今回の【絵画の起源】はあくまでも"神話"であり、史実的には、のちに洞窟壁画が世界最古の絵画として発見されるわけですが、私はこのエピソードが大好きです。
洞窟壁画として残された【世界最古の絵画】もとても興味深いので、それについてもいつかnoteでお話したいなと思っています。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
また次のnoteでお会いしましょう。