研究アソシエイト事業公開研究会#01「市民がイニシアティブを持つアートプロジェクト、地域の多様な課題に向き合う文化拠点について」吉本光宏さん
プログラムディレクター 森隆一郎
アーツカウンシルさいたま研究アソシエイト事業「公開研究会」について
アーツカウンシルさいたまでは、さいたまでの文化的な暮らしを多様な角度から研究し、その成果を市民生活へと還元していくことを目的として、研究アソシエイトを公募し、さいたま市の多様な文化的側面を研究する活動を支援しています。
初年度(2023年度)は、公募で選ばれた2名のアソシエイトに、それぞれの大まかな研究テーマを設定してもらいました。ひとつは「さいたま国際芸術祭の市民サポーター活動について」もうひとつは「地域のオルタナティブスペース」についてです。研究成果は2024年度末に発表してもらう予定です。
研究アソシエイトは、月に一度アーツカウンシルさいたまで行う研究会に参加していますが、この「公開研究会」では、不定期で有識者や実践者を招いて、研究テーマに即した話題を紹介して貰います。また、この機会を公開し、研究員や会場に集まってくださった皆さんとも議論し、論点を深掘りしていこうと考えています。
吉本光宏さんのレクチャーより
初回は、文化政策研究者で合同会社文化コモンズ研究所の代表/一般財団法人長野県文化振興事業団理事長の吉本光宏さんにお越しいただきました。講義では、国内外の多様な事例紹介を交えながら、以下の4つの視点でお話しくださいました。
1. 信州アーツカウンシルの助成対象事業から
2. 地域課題と向き合う文化拠点
3. 住⺠主導のアーティスト・イン・レジデンスを起点に地域が生まれ変わる―徳島県神山町
4. 市⺠主導・アートセンターとは
それでは、吉本さんのスライドをいくつか拝借しましたので、スライドを参照しながら、少し抜粋してレクチャーを振り返ってみましょう。
信州アーツカウンシルの助成対象事業から
まずは、アーツカウンシルさいたまと同じ2022年に設立された信州アーツカウンシルの支援事例からいくつかの取り組みを紹介いただきました。
1. まつもとフィルムコモンズ
1960年代から80年代にかけて松本市で撮影された8mmフィルムをデジタル化
地域住民と協働して「松本の地域映画」づくりを目指す
映像資料の保存と地域文化の共有を目的としたプロジェクト
2. うえだこどもシネマクラブ
中間支援NPOのアイダオと上田映劇(大正6年(1917年)創業)の協働事業
学校に行きづらい子どもたちのための居場所づくりとして、平日昼間に映画を上映
子どもたちや保護者が参加し、上映後にワークショップや雑談の場を提供
3. わかち座
地元で演劇活動を続ける黒岩力也さんと司白身さんが設立
上田市サントミューゼで行われた市民参加演劇をきっかけに、地域に根ざした表現活動を行う
ブルーベリー農園にテント劇場を設置、鈴木ユキオさんのワークショップなどを行っている
上記3つの取り組みが、その土地ならではの特徴を持っている点が印象に残ります。そして、それぞれ全国的な話題にもなっている点など、さいたまでも参考になるような活動だと感じました。
※支援事例の主な実績
・まつもとフィルムコモンズ:第14回「地域再生大賞」優秀賞受賞
・わかち座:『カナリア』で制作の黒岩力也氏が「日本劇作家協会新人戯曲賞」受賞
地域課題と向き合う文化拠点
続いて、同じ長野県の事例として、上田市の街なかにある元・銀行のビルを改修して劇場を運営する「犀の角」と、犀の角を活動拠点に市民への支援活動を行う「のきした」の活動を紹介。犀の角が運営するゲストハウスの一角を女性専用の宿泊施設とした「やどかりハウス」は、駆け込み寺のように機能する場でもあります。犀の角は、「変な人でも住みやすい街に」をコンセプトとする劇場で、寛容性が高く、生きにくさを抱えた人たちが頼れる場所としても地域にひらかれている様に感じました。こういう場所がある街の豊かさは、その街に関わってみたいなと思うきっかけになるような気がします。
そのほかにも、海外の遊休施設(=地域課題でもある)の活用事例をいくつも紹介いただき、話を聞いていた皆さんからもワクワクしている空気を感じました。
1. 犀の角(さいのつの)+のきした
元銀行を改修し、小劇場やカフェとして活用
ゲストハウス「やどかりハウス」など、地域の多様なニーズに応える施設
市民団体「のきした」と共に、コロナ禍で困難に直面する市民を支援する「おふるまい」を展開
さらに、世界にも様々な遊休施設のアートによる活用事例があり、その一端をご紹介いただきました。さいたま市の国際芸術祭もこれまで遊休施設を再活用して行われてきました。なかなか広い場所が見つけづらい首都圏都市の大規模芸術祭を運営する当市としても、参考になる事例の数々だったと感じます。
2. 海外のアートセンター事例
Substation(シンガポール): 変電所を改修し、インディペンデント・アートセンターとして活用
NDSM(オランダ): 元造船所をアートセンターに転用し、アーティストの活動拠点として再活用
Akademie Schloss Solitude(ドイツ): 城跡をレジデンス施設に改修し、アーティストに集中して活動する場を提供
ほかにも、ナント(フランス)のLe Lieu UniqueやRoyle de Luxe、北京(中国)のFactory #798 / 798廠などの事例が紹介されました。
住⺠主導のアーティスト・イン・レジデンスを起点に地域が生まれ変わる―徳島県神山町
徳島県神山町では、住民主導のアーティスト・イン・レジデンス※が地域再生の起点になりました。地域課題に向き合い、空き家や地域自体を文化的な拠点として捉え直し、地域振興を図る様々な取り組みの数々を紹介いただきました。
神山アーティスト・イン・レジデンス(KAIR)
活動内容: お遍路さんへの「お接待」として育まれてきた「おもてなし」の精神を活かしたアーティストの受け入れ。アーティストが滞在しながら創作活動を行うことで、地域社会とアートの融合を図っている。
成果: 24年間(1999〜2023)で27カ国から延べ81名のアーティストが参加(※筆者調べ。スライドの数値は2015年時点)
創造的過疎化
過疎化を与件として受け入れ、外部から若者やクリエイティブな人材を誘致することで人口構造・人口構成を変化させ、多様な働き方や職種の展開を図ることで働く場としての価値を高め、農林業だけに頼らない、 バランスのとれた持続可能な地域をつくろうという考え方です。
引用:一般財団法人全国地域情報化推進協会(APPLIC)「 Future」, vol.18,2023
背景:若年層(0-14歳)の人口減少が顕著。町の未来に必要な労働者や企業家の移住を促進
施策:地元に根付く新しい家族を毎年5世帯迎え入れる取り組み
神山のICTサテライトオフィス
基盤整備:2005年12月、徳島県がデジタルTV化に伴う難視聴対策として高速ブロードバンド網を県内全域に整備(総務省事業)。神山町では自然豊かで働きやすい環境と空家活用に着目したICT系の企業がサテライトオフィスを置き始める。他県に類をみないインフラ環境を利用し、東京や大阪のICT企業のサテライトオフィス誘致事業を徳島県と進めている。
参考:総務省 日本の田舎をステキに変える「サテライトオフィスプロジェクト」等
代表例
Sansan Inc.(名刺クラウド管理サービス): 2010年に神山町に第1号のサテライトオフィスを開設。自然環境と光ファイバーのネットワークを活用し、東京よりも高速なインターネット環境を活用
Dunksoft、Telecomedia、Bridge Design、Sonoriteなどの企業が続々と進出し、地域に新たなビジネスの拠点を設立
このように、神山町は、創造的なアプローチで過疎化に対応し、地域の活性化を図る取り組みに力を入れ、アート、IT産業、そして新しい住民の受け入れを通じて、持続可能な地域社会の形成を目指しています。また、2023年4月からは「神山まるごと高専」(全寮制・1学年40名)が開校し、その活動は人材育成にも広がっています。
神山まるごと高専の建学の精神にある「学習の機会を学校における授業だけではなく、課外活動や、地域住民との交流、寮生活など幅広く捉えることで、学生が主体的に成長できる様々な機会を用意し、学生生活の中に数多の学習機会がある環境を整えることを重要視しています」という文章が、まさにこの学校の存在意義を表していると感じます。
アーティスト・イン・レジデンスもアーティストにとっては同じような意義がありますし、受け入れる地域側から見てみると、アーティストや高専生が色々と活動する中で、地域の価値を再発見し、その意味を考える仲間が増えていく機会とも捉えられるのではないかと思います。
また、「なんにもない」状況から「なんでもできる」へと発想を転換することは、過疎の町にしかできないことでしょうか。さいたま市を「なんにもない」と言う台詞も聞いたことがありますが、「なんでもある」から麻痺しているともいえるような気がします。例えば、さいたま市でもアーティスト・イン・レジデンスに取り組むことで「アーティスト」という普段なかなか触れ合わない人たちが、麻痺してしまった感覚を刺激してくる。それが、自分たちの生活を見直してみるきっかけになる。そんなことの繰り返しが、さいたま市での生活や制作を面白くしていくのではないかと感じました。
市⺠主導・アートセンターとは
講義では、最後に市民が主導する文化拠点(アートセンター)のあり方を整理してくださいました。
芸術・文化が地域にもたらす価値を損なわず、かつ、市民生活を豊かにしていく一助にしていこうと考えるときに心得ておくべき大切な価値観(態度)ではないかと思います。
not-for-profit
alternative
creation > exhibition, performance
open-end > goal-oriented
easygoing > strategic
risk-taking > risk-hedging
非営利
オルタナティブ
創作 > 展示、パフォーマンス
オープンエンド > 目標志向
おおらか > 戦略的
リスクテイキング > リスクヘッジ
私なりに、上記の6つの価値観を解釈していくと、
文化拠点のあり方は、
非営利:経済中心の考え方だけではない価値観を担保するためにも、文化拠点は非営利の運営が求められる
オルタナティブ:既存の価値観や習慣からはなれ、客観的な価値観をもちながら、その時と場に最適なやり方を模索する。そういうことが繰り返される場が、多様なイノベーションに通じる
できあがったモノだけを発表/鑑賞する場ではなく、つくることに焦点を置き、つくることの尊さを大事にする場
予め行き先を決めてその達成のために進むのではなく、仕上がりを予測しつつも途中の変化を受け入れ、楽しみ、味わうような場
戦略的にメニューを定めてガンガン取り組むのではなく、ひとりひとりのペースで気軽におおらかに物事を進めていく場
リスクを予め取り除いて、間違いなくものごとを進めることで見落としてしまう価値(現代社会の一種の病かもしれません)から、例えばそのリスクは本当にリスクなのか?という問いを発するようなこと、つまり丁寧に対象と向き合っていくことが求められる
私は、こんな風に吉本さんの提案を読みました。
みなさんはいかがでしょうか?
スライドの最後の1枚は、こういう言葉で締めくくられました。
art center:アートセンター
art-centered:アート中心の
art-centered initiative:アートを中心とした取り組み
アートがもたらす多様な気づき・問いを広い気持ちで迎え入れ、様々な可能性が広がっていくような場。そういう場として、アートセンターを捉えてみると、人間が効率的に生きようとしてきた結果でもある今の街を、少し違う角度から眺められるような気がします。
さいたま市は、「上質な生活都市」であることを目指していますが、果たしてその「上質な生活」とはどういうことなのか。既成のモノ/コトを購入するだけではなく、個人ならではの、あるいは地域ならではのモノ/コトがつくられる場としてのアートセンターってどういう所なのか。アーツカウンシルさいたまの活動を通じてそういうことを繰り返し考えていきたいと思います。
吉本光宏(よしもと みつひろ)
1983年、早稲田大学大学院(都市計画)修了後、黒川玲建築設計事務所、社会工学研究所、ニッセイ基礎研究所を経て、2023年6月に文化コモンズ研究所代表・研究統括に就任。文化政策や文化施設の運営・評価、創造都市などの調査研究に取り組むほか、国立新美術館や東京オペラシティ、東京国際フォーラムなどの文化施設開発、アート計画のコンサルタントとしても活躍。文化審議会委員、東京芸術文化評議会評議員、(公社)企業メセナ協議会理事などを歴任。