研究アソシエイト事業公開研究会#03前編「縁を生み出すアートプロジェクト」
アーツカウンシルさいたまでは、 公募した外部調査員とともに文化芸術活動に関する研究を行う「研究アソシエイト事業」を昨年度から実施しています。研究アソシエイトの2名とともに、生活都市さいたまにおける「オルタナティブスペース」、「市民サポーター」の2つのテーマについて、定期的に研究会を開きながら調査研究を行っています 。
第3回となる今回の公開研究会は、吉田武司さん(アートアクセスあだち 音まち千住の縁 ディレクター)をゲストに迎え、足立区でのアートプロジェクトである「アートアクセスあだち 音まち千住の縁※1」について、事例紹介とディスカッションを行いました。
アーツカウンシルさいたま 研究アソシエイト事業公開研究会#02
日時:2024年7月12日(金)19:00~21:00
会場:RaiBoC Hall(市民会館おおみや)6F 集会室8
ゲスト:吉田武司さん(アートアクセスあだち 音まち千住の縁 ディレクター)
吉田武司(よしだ たけし)
1984年生まれ。大阪市出身。京都造形芸術大学芸術表現・アートプロデュース学科卒業。埼玉県北本市で実施された〈北本ビタミン〉(2010年〜2012年)や東京都三宅島の〈三宅島大学〉(2013年)などアートプロジェクトの事務局として企画運営に携わる。その後、2014年には東京アートポイント計画のプログラムオフィサーに従事。現在、足立区千住を中心に「音」をテーマにまちなかで展開しているアートプロジェクト「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」のディレクターを務める。
アートアクセスあだち 音まち千住の縁とは?
「無縁社会を変えていく」
「アートアクセスあだち 音まち千住の縁(以下、音まち)」は、事業を通して人と人との縁を紡ぐことをテーマとしているまちなかアートプロジェクト※2です。千住にキャンパスがある東京藝術大学と、足立区のシティプロモーション課※3、NPO法人音まち計画の三者が共催となり、2011年から実施しています。なんと今年で14年目という経験豊かなプロジェクトです。
吉田さんはNPOの一員でもあり、ディレクターとしてこのプロジェクトを企画・運営されています。
吉田:事業の名称に「縁」という言葉が入っているのが、このアートプロジェクトの特徴のひとつです。
プロジェクトがはじまる一年前(2010年)、NHKのドキュメンタリー番組『無縁社会~“無縁死”3万2千人の衝撃~』が放送され「無縁社会」という言葉は、家族や地域との関わりの希薄化する日本が抱える社会問題として全国的に知られるようになりました。
ドラマ「金八先生」のロケ地としてのイメージや、元々の宿場町として地域の人のつながりが強い下町人情あるエリアである足立区においても、他の地域と同様に「無縁社会」が課題として浮き彫りとなり、「アートプロジェクトで人とのつながりを取り戻そう」と、このプロジェクトが始まりました。
共催三者、現場で汗を流す
吉田:音まちの事業運営は三者共催で行っています。自治体が主催になるアートプロジェクトは、文化セクションの課が担当になることが多いと思いますが、この事業では、足立区のシティプロモーション課が所管になっています。事業費は区が負担していて、他にも区施設を利用する場合の調整や、地域住民との橋渡し役、広報協力もしてもらっています。
もう一つの主催者は、東京藝術大学(以下、藝大)です。文化政策が専門の教授・熊倉純子先生や、熊倉先生の研究室に所属する学部から博士課程までの学生達が実践的な研究のフィールドとして関わっています。学生は、私と同じような事務局の一員として、地域を駆け回りながらプロジェクトを一緒に進めています。
NPO法人音まち計画(以下、NPO)は、事業全体の運営を担っています。企画の提案や立案、進行管理まで基本的にNPOが行っています。
特殊な点としては、NPOが事業委託を受けるのではなく、三者共催として、それぞれの役割分担はありつつも、事業を進めるときには隔週で三者による運営会議を行っています。運営会議は重要で、行政もお金を出して終わりではなく、大学、NPO、行政の皆で汗をかきながら、現場で起きたことやエピソードを共有するように運営しています。
1.仲町の家
音まちの事業は全て市民参加型のアートプロジェクトです。色々な形で市住民の方々がプログラムに関わっていらっしゃるそうです。音まちの事業について、住民の方々の関わり方を切り口にお話をいただきました。まず一つ目は「仲町の家※4」という文化拠点です。
築100年の日本家屋でのプログラム
吉田:仲町の家は、関東大震災と太平洋戦争の空襲でも焼けずに残った築100年以上の日本家屋です。2018年にオープンした仲町の家は、基本的に入場無料で様々な企画を実施しています。企画が無い時の楽しみ方の一つとして築100年の建物と庭の空間自体を味わってもらうようにしています。北千住駅から仲町の家へは、飲み屋街の喧騒を抜けてアクセスすることになるのですが、仲町の家は通りから奥まった場所にあって時間の進み方が街中とは違う感じがあります。そのゆったりとした時間の流れも楽しんでもらっています。
他にも、ギターやレコードを置いたり、読書を楽しむなど、色々な方の趣味を持ち寄るようなことができるようにもしています。
それと、コンシェルジュという役割をおいていて、来場した人との繋ぎ役になったり、ふらっと千住に訪れた方には、近隣の面白い場所を紹介したり、美味しい飲食店を紹介したり、近隣のアートギャラリーを紹介しています。
手間があるからこそ縁が生まれる
吉田:「パイロットプログラム※5」というプログラムがあり、我々以外のいろんな団体や個人の方にもこの場を使ってもらっていて、年間約25企画(月2回程度)実施をしています。最初は我々だけの企画を実施していたのですが、これでは人との縁をつくるはずが人と出会えていないのではと危惧し、もっといろんな人と出会えるプログラムの作り方を考えました。レンタルスペースとは違って、まずは仲町の家に来てもらって、コンシェルジュが相談役になりながらプログラムを一緒につくっていくという方法をとっています。コンシェルジュや居合わせたお客さんと話しながら、プログラムをつくっていかないといけないので、企画の手間はとてもかかるのですが、その手間があるからこそ、いろんな縁がこの中で生まれています。
アートという言葉はつかわない
吉田:仲町の家は庭がとても広いので毎月1回草刈りが必要なのですが、色々な人と出会うきっかけとして草刈りをして、その後みんなで昼食を食べて交流するプログラムもやっています。
仲町の家では、偶発的にアートに出会って、そこからアートへの興味を持ってもらうような動線をつくりたかったので、なるべくプログラムでは「アート」という言葉をつかわないようにしています。
仲町の家から広がる「縁」と活動
吉田:この仲町の家のプログラムは2018年から始めましたが、ちょうど新型コロナウィルスが流行した時期です。緊急事態宣言の時は、仲町の家を閉じていましたが、区と相談し、こういう時期だからこそ安全対策をとりながら場を開いた方がいいよねと、仲町の家を開けることにしました。そのような時期に現れたのが、田中さんという80代の方です。コロナ禍でよく利用していた珈琲屋に行けなくなって、街中を散歩しているときに、たまたま仲町の家を見つけたそうです。
仲町の家にはギターが置いてあるのですが、最初は自分の好きな曲をみんなで練習してましたが、1年、2年、と練習していると、練習だけでは飽き足らなくなったようで、ちょっと自分たちも発表をしてみようかと、別のプログラムである「千住・人情芸術祭 1DAYパフォーマンス表現街※6」に出演することになりました。これが、80代の田中さんが中心になり始まった「縁側ギタートリオ」というコロナ禍に生まれた音楽チームです。
その後も毎週のように練習を重ねるうちに、どんどん関わる人が増え、今ではトリオから6人のバンドになって、我々の事業だけではなく近隣のライブスペースなどにもイベントを持ち込んだりしながら活躍しています。
吉田:ただこの公開研究会の直前の出来事ですが、田中さんはご高齢ということもあってなのか、自分たちの練習から始まって楽しみながらバンドになったけれど、気がつくとギターの上手さや、発表することが目的になってしまっていることが辛くて、脱退をしてしまいました…
我々としてはすごく悲しいですが仕方がないことですし、バンド自体は残っているのでまた何かの機会に田中さんと一緒にできるといいなと思っています。
2.イミグレーション・ミュージアム・東京
海外ルーツの人が多く住む街と言えば、新宿や、埼玉県内では川口をイメージする人が多いかと思いますが、実は足立区も小学校のクラスに必ず1~2人は海外ルーツのの子どもたちがいるようなエリアだそうです。2つ目のプログラムは「イミグレーション・ミュージアム・東京(以下、「IMM」)」です。美術家の岩井成昭さんと共に、足立区の中で海外ルーツの人たちとコミュニケーションを取りながら実施されているプログラムです。
多様なバックグラウンドの方が関わる「IMMねいばーず」
吉田:ミュージアムという名称ですが、実際に「イミグレーション・ミュージアム」という博物館や美術館が足立区にあるわけではなく、区内の空き店舗や教会、空き家を一時的にミュージアムと呼び、海外の人たちと交流する場をつくっています。このプログラムには、多文化共生や多文化社会に関心のある留学生等学生から社会人まで、大体50名程の方が「IMMねいばーず」としてリサーチャーとして登録してくださっています。
2021年度からは、大人だけではなく子どもたちも一緒に海外ルーツや多文化社会について、アートを通して考えられるようなプログラムを作ろうと、区内の多国籍化が進むエリアの小学校とエデュケーションプログラムを実施しています。
後編も、引き続き音まち千住の縁のプログラムのご紹介と、アソシエイトを交えてのディスカッションの様子をレポートします。
(アーツカウンシルさいたまプログラムオフィサー 三田真由美)
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