【後編】Art & Slope Talk #01 レポート 「まちをアーティストと耕すこと ー池上エリアリノベーションプロジェクトの事例からー」
7月19日に行われたトークイベント「Art & Slope Talk #01 まちをアーティストと耕すこと ー池上エリアリノベーションプロジェクトの事例からー」の様子を、前編・後編に分けてお届けします。
前編では、東急株式会社の磯辺さんと荻野さんによる「池上エリアリノベーションプロジェクト」についてのお話と、小田桐さんによるアーティストユニットL PACK.のこれまでの活動についてお伝えしました。
【前編レポート】
後編では、運営者であるL PACK.の視点から見たSANDO BY WEMON PROJECTSについてのお話と、質疑応答によるクロストークの模様についてお伝えします。
池上エリアリノベーションプロジェクトの拠点《SANDO BY WEMON PROJECTS》2019~
現在3年目、「100年後の池上面白くする」という壮大な目標を掲げてやっているのが池上駅前にあるマルチユースインフォメーションセンター《SANDO BY WEMON PROJECTS》です。
SANDOという実空間と、HOTSANDOという紙空間と、NEWSANDOというweb空間、この「三つの空間を使ってまちを面白くする人を発掘し関係をつくる」ということをプロジェクトの目的としています。
SANDOを中心に「まちの建物を発掘して面白く活用する」取組があり、「たくらみ荘」というスペースはHOTSANDOの取材から「2階が開いてるんだけどなんか使えない」と声をかけられて生まれたスペースとのこと。現在は学習塾兼シルクスクリーンの工房や、三味線の教室など、さまざまなことが起こる場所として機能しているそうです。
また、アートの副産物を販売する自動販売機のプロジェクトを受け入れ自販機をSANDO前に置いたり、池上線沿線にゆかりのある音楽家が集まり結成された新たなミュージックコレクティブ“NIGHT PONDO”を応援するため、SANDOでは音楽レーベルも運営しているとのことです。SANDOを起点にさまざまな文化が起こっている様子はとても魅力的です。
「SANDO自体はまちを面白くする人が集まる場。毎日(火曜日が定休日なんですけれども)面白いことが起こるための受け皿として維持し続けて、日々人を待っている状態ですね。」
デザイナーかアーティストか
小田桐さんより活動紹介を頂いた後、質疑応答へと移り、まずモデレーターの瀧原より三つ、登壇者の御三方へ代表質問をさせて頂きました。
Q.(瀧原)
途中、荻野さんから「アーティストなのになんかデザイン的なこともしているね」との言及がありました。
ぼくもその点が気になっていて、ブルーノ・ムナーリが、「デザイナーとは美的なセンスを持ったプランナーである(『芸術としてのデザイン』)」と言っていますが、職能としてのデザイナーは誰でもなりうると思っています。
そこで、小田桐さんが「自分はアーティストだぞ」と思うところは、どういうところかを伺いたいです。
―(小田桐さん)
まちに対して、喫茶店とか、社交場とか、ビジターセンターを作りたいと思う部分はアーティストだなぁと思います。そこが、自分たちから自発的に出てくる表現だと思っています。
(瀧原)
課題解決ではなくて、自発的な表現をしているところですか?
―(小田桐さん)
そうですね。自分の場合「デザインとは何だろう」と考えた時に、人の話を聞いてその人のやりたいことを一緒にしてあげられる人かなと思ったんですけど、それも僕らやるので。
(瀧原)
SSSの「御用聞き」がまさにそうですね。
―(小田桐さん)
そうですね。まず「場」をつくった後は、実際にお客さんの要望も聞いて、それに対する反応をしたり、日々いろんな人の「こういうことをやりたいんです」にも答えを出してあげたりします。
なので、アーティストでもありデザイナーでもあり、たぶん人によってはただのコーヒー屋の人だと思う人もいれば、日用品屋の人だと思っている人もいる。
それもぼくらは全部合ってるなぁと思っていて、会った人が(L PACK.がどんな存在かを)決めてもらえればいいかなといつも思ってます。
―(磯辺さん)
その点、ぼくら一緒にプロジェクトやっていてとてもありがたい部分だなと思います。
「人にこう求められて」というような場合は、ある意味クライアントワークに近いわけじゃないですか。こちらが持っているモヤモヤとか課題を「じゃあこういうことができるんじゃない」と打ち返して提案してくれる。
そこはどちらかというとデザイナー的な課題解決型で整理していく側面があると思います。
僕らも最初にオファーした際、諸々こちらの事情があり、物事を決めなくてはならない1か月前に初めて(L PACK.へ)オファーを出したんです。
そして、1か月間で一気に整理しつつ、それでもL PACK.の「これもやってみたい」というアーティスト性(自発的な表現)もキチンと背骨にありながら提案してくれました。
それ以降もずっと、やっぱり東急側の「こういうのを悩んでる」という課題に対ししっかりとデザイナー的なラリーで応えてくれました。
一方で「自販機置きました」という話や「バンド組みました」も結構びっくりしましたが、テンポ良くポンポン動く部分はすごくアーティストだなぁと思っていました。
―(小田桐さん)
だから多分おせっかいなんですよね、ぼくら。
とはいえ、クライアントワーク的な流れも、課題に対してそれを返すというよりは、一度飲み込んで自分事にして「これだったら僕らやりたいです」と返しています。例えばデザイナーならプレゼンに三つの案を提案すると思うけど、L PACK.は代案が無いんですよ。「これをやるかどうか」みたいな感じはアーティストだと思いますね。
小さな成果を積み上げて、化学変化を待つ
Q.(瀧原)
東急のお二人に事業者側の視点で伺いたいこととして、L PACK.と池上で行うプロジェクトには良い手ごたえがあったと思うのですが、それを上司に伝達するうえでのどのような苦労がありましたか?「こういうことが起きてて良いんです」と、事業評価として会社の中でどう評価してもらうか、など、起こっている魅力を伝達する上で、数値的に測れない部分が結構あったと思うのですが。
―(磯辺さん)
役回りとしては私の仕事ですね。社内を説得する方法はフェーズによって変えています。
序盤では、「(分かりやすい成果になりそうな)こんな動きもしている」というポーズも見せつつ、小さなことでも成果としてタグ付けて、事例をひたすら積み重ねていました。
並行して、なるべく会社にとっても分かりやすい成果をガッツリ狙って進めていきました。例えば、今回のプロジェクトで言うと、空き家のマッチングは非常に分かりやすい成果で、そういったことは虎視眈々と狙えます。
しかし、小田桐さんたちに期待しているのはそういう分かりやすい話よりも、もう少し「かき混ぜていく」というか、地域に良いノイズを出してもらう、異物を持ち込んでもらうことでの化学変化を期待しています。
その(良いノイズなどによる)化学変化は、実際に何か変化が起きて「こうなってます」と結果を説明できるまで待ちながら、分かりやすい成果の方を説明しています。
(瀧原)
エリアのリノベーションとして同時並行でさまざまに進むことがあり、分かりやすい成果をL PACK.に求めるというよりは、化学変化を起こしてもらうという点で何かが起こる期待感がSANDOにあったと。その裏では、ちゃんと報告しやすいものがいっぱい走っていたんですね。
―(荻野さん)
会社への報告は磯辺さんが全部やってくれています(笑)
でも、小田桐くんもそうだと思うのですが、やっぱりアーティストは今目の前で起こっていることへの対応や反応をすることで積み上げていく。するといろんな景色が出来上がってくるという感じだと思うんです。
ただ、企業の論理だとゴールや課題設定があり、計画が求められる。(アーティストと企業では)物事が起こるプロセスが違います。そのプロセスの違いを理解した上で磯辺さんが「こういう部分もあるよね」とうまく要約をしてしっかりぼくたちの(L PACK.と荻野さんのアーティスト的な)アプローチに対しても、会社のロジックもしっかり作った上で、同時にやっていった印象です。
まちに対する評価は代弁しない
Q.(瀧原)
会社が求める「会社的に良いゴール」みたいなものと、荻野さんが外に出て接してこられた地元の方の池上のまちの変化に対する印象というのは、その企業の求めるものと地元の感じてるところで一致しているのでしょうか。どういう印象がありますか?
―(荻野さん)
めちゃくちゃ難しい質問ですね...
―(小田桐さん)
まあ荻野君たちは答えづらいかも(笑)
―(磯辺さん)
「まち」と一言で言ってもいろんな人がいて、いろんな期待値を持っていて、「今のままで十分ステキ」と思う人もいれば、「ここはもっとこうなって欲しい」と思っている人もいます。
たぶん、ぼくらのプロジェクトも人によってすごい良いという人もいて、人によっては「そこはもっとこうした方がいいんじゃない」と気になる方もいらっしゃるでしょうし、結構そこは反応が千差万別です。
会社においてはむしろ営業利益という評価軸があるので比較的分かりやすいのかな。
だから、そういう意味でいくとギャップがあるかどうかは、まちと会社というよりは、受け手で変わってくる。
―(荻野さん)
プロジェクトの評価に対しては、やっぱり主観がいっぱいあるじゃないですか。特にまちの方々が「まちが良くなっている」とか「このプロジェクトいいよね」って言うのは、あくまですごく主観の部分なので。
私が「まちの方が良いと言ってくれている」とその主観を代弁することには違和感がありました。まぁ、人それぞれなんだろうなぁというところがあって。
(瀧原)
荻野さんは熱い方ですけど、そこはすごく冷静に捉えていらっしゃるんですね。
―(荻野さん)
ありがとうございます(笑)
「まちと関わり続ける」覚悟
続いて会場からの質問にも答えて頂きました。
Q.(会場参加者)
中長期的に継続ができる案件と単発で終わってしまう案件は、何が大きく違うのでしょうか?参加する人なのか、そもそものプロジェクトのベースなのか。
―(小田桐さん)
ぼくらの比重的には、そもそものプロジェクトのベースによるかもしれないですね。
例えば、UCOプロジェクトに関しては「アッセンブリッジ・ナゴヤ」という名古屋市と港まちづくり協議会などが行う芸術祭があるんですけれど、L PACK.は5年の期間がありました。「5年間毎年参加アーティストとして招聘します」と一番最初にオファーをもらったんです。
それってなかなか無いことで。普通は1年ごとにアーティストって変わり、色んな作家さんの作品を発表するのですが、ぼくらに関してはそういう(中長期にかかわる前提の)オファーのされ方が結構多いですね。
事例紹介になかったもので、松本での「工芸の五月」というクラフトのイベントがあるのですが、工芸の五月も2009年からずっと継続して2020年まで毎回・毎年オファーを頂いていて、もう12年以上関わっています。なので、単発のイベントなのか、継続する意思でやるのか、そのプロジェクトの作り方で結構変わっている感じがします。
―(荻野さん)
本当に関わるとすごく長いプロジェクトがL PACK.は多かったんですよね。
今回の東急沿線のプロジェクトも、東急株式会社はまちと約100年間ずっと関わってきている会社なので、「プロジェクトが終わったらおしまい」という訳にはいきません。線路引っぺがしてどこかにはいけないので。
ずっと関わり続けるために、やっぱり長く関わってくれるアーティストにお願いしたいなというのがありまして、そこは選定のポイントでしたね。
(会場参加質問者)
覚悟が大事ですね。
―(小田桐さん・磯辺さん)
頼む側の覚悟が一番大事。クライアントの覚悟ですよね。
―(小田桐さん)
ぼくらは(覚悟が)あるので。(一同笑)
―(磯辺さん)
磯辺さん)
逆にやっていて思ったのは、覚悟が(L PACK.には)めちゃくちゃあるので、中途半端な対応をすると「ぼくらに覚悟がないな」と気付く時があるんですよね。
いや、本当に思うんですよ。プロジェクトで悩んで日和ったりする時に、一番最初にお願いした時の話をポンッとL PACK.から言われたことがあるんですよ。一番最初から言っていた「100年後の池上が」と。
ぼくの中で「そうだよな、100年後の池上だよな」と気付かされる瞬間が結構あったんですよ。だから、「お願いする側の覚悟が問われてたんだな」とすごく気付けますね。
―(荻野さん)
同感ですよね。「100年の池上が」って、大田区との協定は5年後で、池上のモデル地区としては3年だし。そんなスパンで言っているんで、やっぱりそこはこちらの方が逆に(「100年後の池上を面白くする」ことが本来の目的であると)教えてもらっている感じです。
100年後の池上を面白くする
Q.(会場参加者)
100年後の池上を面白くするということなのですが、その「池上のまちの完成形」というか、最終的な到達点はどの程度理想形が頭の中にあるのかを伺いたいです。
―(小田桐さん)
そうですね。名前が「ゑもんプロジェクツ」って言うんですけども、一番最初にイメージしたのは、普段は言わないのですが、「ドラえもん」なんです。
ドラえもん自体は、100年後ぐらいに生まれている(※2112年、筆者調べ)んですよね。ドラえもんはいろんな道具をのび太くんに渡してあげることで問題解決をしようとして、でものび太くんは変な使い方をして失敗したりするんですけれども、それでも隣で寄り添い見守っていて、(のび太くんは)徐々に成長していくというような。
そのドラえもんは未来から現代に来て野比家を代々サポートしていくと思うんですけど、なんかそういうドラえもんみたいな、いろんな道具だったり、うまくサポートしてくれる人たちがまちにいれば、荻野くんが言うように、漢方薬的に自分達だけで(自発的に)解決できるんじゃないかと。「そういうまちって面白いよね」というゴールだけを最初につくって、まちにいる人たちだけで知恵や道具を出し合えば。
具体的に「こういうまちになったらいいよね」というのは無いんですが、そういう(ゑもんのいるまちの)ストーリーだけを作り上げてやっています。なので、その100年後のまだ今2年目・3年目をやっている段階ですね。まだまだスタート段階というか。今はすごく低い山を登っていってる感じです。
(トーク終了)
Art & Slope Talk #1、いかがでしたでしょうか。
「池上エリアリノベーションプロジェクト」は、事業者とアーティストの間で相互にリスペクトを持ちながら、中長期のプロジェクトを協働できている好例なのではないかなと思います。換言すれば、今回お話を伺った御三方は、事業者としてもアート(アーティスト)への理解があり、アーティストとしても事業(事業者)への深い理解をそもそも持ち合わせているという点で、世の中としてはまだまだ稀有な存在同士が「出会うことができた」事例であるという印象がありました。
特に、小田桐さんの挙げて下さった「L PACK.の三つのコンセプト」には「まち」や「現地」という言葉があったように、現地で人との関係性を築く日々の積み重ねこそがL PACK.にとってのまちづくりであり、SSSやSANDOで体現されていることではないかと思います。
事業者が「L PACK.のようなアーティストと何かしたい!」と思っても、そうそう彼らのような存在は見つからないかもしれませんが、「アーティストと企業の物事が起こるプロセスの違い」を踏まえた上で、共に「まちと関わり続ける」東急さんの姿勢は多くの事業者が参考にすることができる点なのではないかと感じました。
本イベントのグラレコ
Graphic recording by Karin Inoue
今後のArts & Slopeの活動について
"Arts & Slope"は今後も今回のようなビジネス×アートの相互理解を深めるためのイベントを行ってまいります。
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