【中村美亜先生インタビュー】何のために芸術文化活動を評価するのか?
横浜は、異国情緒あふれる港町、みなとみらいのビル群の風景としてよく知られていますが、郊外にいくと古墳や宿場町といった旧跡があり、鉄道沿線に住宅が立ち並び、森や川、広々とした公園など自然が豊かで四季折々の風景があります。
YokohamArtLifeは、こうした横浜ならではの環境を生かして、アートプロジェクトを実施し、地域と共に芸術体験を深めていくことを試みました。その結果、予期せぬコロナウイルス禍のなかでも、各地で芸術と住民の出会いを生みだし、寄り合える居場所やそこで行われる芸術活動の大切さを地域と共有することができました。
このマガジンでは、すでに発行したYokohamArtLifeの「2019年度-2020年度 横浜市芸術創造特別支援事業リーディング・プログラム YokohamArtLife ヨコハマートライフ報告書」(PDF:28MB)から、実際の活動や仕組みづくりに協力してくださった学識者の言葉を抜粋して、ご紹介します。
各団体の指標づくりの試みをサポートされてきた、審査員兼アドバイザーの中村美亜先生(九州大学大学院)にお話を聞きました。
ー中村先生はYokohamArtLife(以下YAL)にどのように関わられていたのですか?
今回のプロジェクト立ち上げの際に、YAL事務局から相談を受けるところから始まりました。最初は、指標を事務局側が決めるというお話だったので、団体側に考えてもらう方がいいんじゃないか、とお伝えしました。審査会では、できるだけ皆さんの活動のよいところは何かというのを探すようにして、それを自分たちで自覚してもらう問いかけを心がけました。事業がうまくいっているかは肌感覚ではわかっても、言語化はしづらい。だから、教えるというよりは、引き出すような問いかけをしていきました。
ー当初は事務局も団体も「評価」をよく理解していなかったと?
評価というと、どうしても自分たちの活動と直接関係ない人が、上から下に向けて、本質的でない部分で評価をするという一般的イメージがありますよね。皆さんも、そうしたイメージの中で、“仕方なくするもの” という感じがあったと思います。YALの申請書で各個の指標を考えて書いてもらったんですが、最初は、「ああ、やっぱりこんな感じか」とちょっと残念な思いを持ったことを覚えています。
ー どのようなところに「残念な思い」を持たれたのでしょうか?
どの団体も評価指標を書いているんですけれども、活動の本質とはあまり関係のない部分を指標化して書いていらしたことですね。これは、ここだけで起きている問題ではなくて、全国至るところで起きている問題なんです。ですが、YALではだんだんと時間を重ねていくうちに、大きな変化がありました。特に、二年目の中間発表会の質疑応答が凄くよくて、驚きました。要するに、自分たちがやりたいことを社会に向けて説明する時に、どこが大事になるかということをおさえられていたんです。20年度は特に、これまで芸術文化活動に関わっていなかった方々も入って来やすい場を作ることの工夫がきちんとされていた。そして、助成事業が終わって、自分たちで事業をやっていくために何をしていていくかも伝わってきたんです。やはり自分たちで自分たちの活動を見返しながら進んでいったというのは、非常に大きいものがあったんじゃないかと思います。
ー自分たちの活動を見返すために、評価がある。
そうです。評価って、それを目的にしているんじゃなくて、評価を通じて自分たちの良さを知るということだと思います。内輪での言葉ではなく、外の人と対話をするための言葉を見つけていく。それが見つかると、自分たちの良さも分かるし、説明もできるし、どういう風に改善して行ったらいいかも分かるんです。そのためには、外部と対話をつづけるしかないとも思います。アートの場合、ちょっと厄介なのは、プロジェクトの評価をすることと、そこで行われたアート活動の中身や、アートの質を評価することがごっちゃになることなんですよね。アートにはジャンルごとにそれぞれ厳格な内部的評価システムが既にあって、アートに関わる人たちは、それで評価されるのではないかという恐れもある。ですが、ここでしているのは、自分たちで指標を考えて評価をしていくということなので、非常にクリエイティブなものなんです。
ー今回のYALの挑戦について、率直な感想を聞かせてください。
こういった試みはあまりないので、もっと増えていったらいいなと思います。事業の多くは、最初に採択で審査されるだけで、報告を出しても、それに対するコメントがあまりなくて、結局ジャッジされるだけになってしまう。でも、普段からの人間関係があって、「この人たちはちゃんと私たちの活動を支援してくれているんだ」と思えたら、もっと評価に前向きになれるはずなんです。私たちの研究チームの仲間が言ったことなんですけれども、評価っていうのは、測定ではないから、評価の“価” を“評”しなきゃいけない。ありがちなのは、測定するだけで評価を知ったつもりになることですが、測定をした後、それがどうかを見るのが評価なんです。考察しなくてはいけないし、数値に表れていない様々な状況から判断しなくていはいけないんです。そこの部分が一番大事なのに、欠落している。測ること自体が悪ではありませんが、測った数値が良い悪いで一喜一憂するのは、ちょっと違う気がしますね。数値をどう解釈するかが重要で、それを次にどう生かすかがもっとも問われるべき点です。
ー「評価」は目標達成をはかるためだけの、使い捨ての道具ではないんですね。
芸術文化系の活動は、ある一定の目的に向かいますが、それが最短で達成することが最善とは限りません。むしろ、想定していなかったステークホルダーが現れて、その人と連携したとか、計画を変更して違うことを行ったらいいことが起きたとか、予想外のことが起こった方がいい。ただ、それは闇雲にやっていれば起きるわけではなく、それが起こりやすいプロジェクトのデザインがあるはずです。そう考えると、表面的な評価軸を、団体の外側から設定するというのはあまりよくない。ですが、日本も含め、いろんな国の行政側が、文化に対してあまりよく分かっていない部分があると思います。効率のいいクリエーションやイノベーションの仕方があって、そこに向かっていけばいいという理解があるのかもしれないですね。自分が今まで知っていた範囲ではできないことがあるからこそ、クリエーションをする必要があるわけなので、予期しないことに触れたり、自分たちの考えもつかない人と一緒に何かをしない限り、イノベーションは生まれません。未知のものと出会い、かつ、いいものが見つかった時に、それを育む環境を作れるかどうかが一番大事なんですよね。それは、芸術文化活動でも、それ以外の活動でも同じです。それができる環境を作るためにこそ、評価をするのだと思います。
中村 美亜(なかむら・みあ)九州大学大学院芸術工学院 准教授
中村美亜先生のレクチャー(第2回YALルーム)の講義録は こちら
YALが目指すゴールに向けてどのような歩みがあったのか、そして、各参加団体が自分たち自身の活動をどのように振り返っているのかは、以下の報告書に取りまとめていますので、ご覧いただければさいわいです。
▶すべての取り組みの報告書は、こちらから(ACYウェブサイト)