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Aaron Siskind の抽象写真と人生
アーロン・シスキンド(アーロン・シスキン/Aaron Siskind)の抽象写真と人生
アーロン・シスキンド(アーロン・シスキン/Aaron Siskind,1903-1991/アメリカの写真家)その作品の分岐点における、人のあり方を考える。その作品は、その人だからだ。
フォト・リーグ(Photo League)
フォト・リーグ(Photo League)に属して、社会派的ドキュメンタリー写真から、抽象写真まで、世界を切り取った表象だ。そのハーレム・ドキュメント(1935-40年)系のドキュメント写真は、圧巻であり、アフリカ系のアメリカ人のNYの居住地域における、イメージと文化・社会・経済(貧困)に関する包括的分析のあり方が、その視点だろう。
それは、*フォト・リーグ(Photo League)で評価されている。
(註)*フォト・リーグ(Photo League):社会派と言われる、ドキュメンタリー写真グループ(報道写真)だった。1951年に解散、それは、アメリカ政府から「共産主義的な団体」という事で資金難だった。日本では、公安庁にマークされた団体の様相かも知れない。
アーロン・シスキンドの抽象
今回は、アーロン・シスキンドの抽象に視点を置いて作品を観ると・・・
1941年、フォト・リーグを脱会している、それは、1940年に入ると、その写真は、シュールレアリスムや、その後の抽象性を帯びてきており、フォト・リーグのメンバーからの抗議が要因のようだ。
ただ、その抽象作品は、マーク・ロスコ(Mark Rothko,1903- 1970/アメリカの抽象表現主義の画家)、フランツ・クライン (Franz Kline,1910−1962/アメリカの抽象表現主義の画家)などから、高く評価された。
むしろ、そこでの転換は、シスキンドの知名度も上げている。そして、フレミング内のオブジェクトの質も、アブストラクト系の作家たちから得る評価も高くなる。
By Aaron Siskind
抽象表現主義の作家からのオマージュ
いつの時代も、抜きんじれば、周囲には敵もできるものだが、ただ、今度は抽象表現主義作家たちからの、作品に得られる評価は、大きくなる、そして、抽象表現主義の作家からのオマージュ(hommage/敬意)も・・
その抽象で、現実の中にある抽象的なオブジェクトをフレームに切り取り(フレミング)、クロースアップ効果、それは、アーロン・シスキンドのキャリアと主観性が、その1枚の写真のなかで完結して、見る側に問い掛けている。この場合、完結性とは、問いかけて、受け手の心の中に描かれたイメージと言うことだろう。
By Aaron Siskind
アーロン・シスキンドの抽象へのパラダイムシフト
1930年代の社会派的ドキュメンタリー写真から、
1940年代に入ると、アーロン・シスキンド作品は、抽象にシフトする。
それは、かんたんに言うと、ごく身近な、例えば壁・ポスターなどの一部分を、主観的な感覚で撮影しはじめたと言うことだ。
その流れから、1951年、The Institute of Design(イリノイ工科大学に吸収される、Illinois Institute of Technology/New Bauhausの流れ:モホリ=ナジ・ラースロー)、その後、ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン (Rhode Island School of Design, RISD)などで、写真教育の教鞭をとることになる。
Aaron Siskind
MoMAのサイトでも、キーワード(Aaron Siskind)を入れてご覧になれます。
以下、ご参考までに・・
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