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遠い場所から響く魅惑の音 -ジャケットの中の幻想


 
 
ロック音楽のアルバムの好きな要素に、芸術的なジャケットがあります。特に70年代以降のロックには、アーティスト写真にとどまらない、創意あふれる独自のジャケットが出てきます。
 
シュールな写真のヒプノシスや、ファンタジックなイラストのロジャー・ディーンを始めとする、音楽と呼応した、香気漂うジャケット。
 
今日は、そんなジャケットの中から、遠い異国情緒溢れる、幻想的なジャケットを取り上げたいと思います。
 
イラストは無し、写真限定。どこにも存在しないはずなのに、エキゾチックで、どこか懐かしいノスタルジックな空気も同居しているジャケットを並べてみたい、という私の欲望によるものです。

勿論、選定基準は、私個人の主観です。こんなジャケットがあるのか、という発見になっていただけたら、嬉しいです。




アフィニティー『アフィニティー』(70)



 
ロックアルバムの、エキゾチックなジャケットで一番に思い出すのが、キーフ。本名キース・マクミラン、後に、ケイト・ブッシュのPVを撮ったりもする名写真家です。
 
赤外線フィルムを多用した、おどろおどろしいメルヘンの匂いがする、美しい異国情緒の幻想に満ちたジャケットを手掛けます。
 
このアフィニティーのアルバムには、その特徴が良く表れています。赤外線フィルムで赤と緑に染まる、どことも知れない、田園地帯の沼のほとりに座る女性。
 
オリエンタルな日傘に、顔が隠れているのが、不気味でありつつ、どこか遠い御伽噺の情景のような甘美さを出しています。アルバム自体も、パワフルな女性ボーカルが素晴らしい、英国ジャズロックの秀作です。





ブラック・サバス『黒い安息日』(70)

 


キーフのジャケットでは、後のヘヴィ・メタルの大御所バンドの1stアルバムも。赤く染まった不気味な田舎、崩れそうな屋敷前に佇む黒衣の魔女。まさに、アーティストとアルバム名にふさわしいイメージです。
 
私は、ヘヴィ・メタルは詳しくないのですが、このアルバムと、次の『パラノイド』辺りくらいのサバスは、混沌としたブルース色もあり、結構好きです。オジー・オズボーンのシャウトも初々しいですね。




フレッシュ・マゴッツ『フレッシュ・マゴッツ』(71)



これはロケハンの勝利というか、よくこんな幻想的な湖と木を見つけたものだと感心してしまいます。キーフは、極端なソフトフォーカスで、魔界の森に佇んでいるようなアーティスト(兄弟のデュオだそうです)を捉えました。
 
アルバムは、牧歌的なフォークと、けたたましいファズギターが交錯する、なかなかにビザールな、B級プログレッシブ・ロック作品です。




スプリング『スプリング』(71)




野の川辺で倒れる兵士。その赤い血が川に流れていく。キーフのジャケットの中でも、物語性を感じさせる逸品です。
 
キーフの手掛けたアルバムは、ヴァティゴ、ネペンサ、ネオン等、かなりマイナーなレーベルであり、サバスやデヴィッド・ボウイ(『世界を売った男』の女装したボウイの写真を撮っています)を除けば、正直言ってロック史に残るか、微妙なアーティストばかりではあります。
 
このスプリングも、幻想的な楽器メロトロンの奏者が三人もいる、というのが売りですが、何で三人も必要なのかよく分からない音楽性の、珍味なプログレ・ロックです。
 
でも、そんな、どこかに忘れられてしまいそうな、キッチュで、ストレンジな音楽だからこそ、キーフのノスタルジックなジャケットが輝いているようにも思えます。




ウィッシュボーン・アッシュ『アーガス』(72)



 
ここからはキーフ以外で好きな、異国情緒溢れるジャケットを。
 
デザイナー集団ヒプノシスが手掛けたジャケットは、どこかシュールな、凍ったエロティシズムの感触があります。
 
そんな彼らの作品中でも、珍しくどこか太古の世界を思わせるのが、このジャケット。
 
明け方とも黄昏ともつかない色合いの空に、甲冑を纏った古代の兵士が立っています。

アルバムはツインギターが絡み、中世のファンタジーを歌った秀作ハードロック。見事に音楽をジャケットが補完しています。裏ジャケではUFOも拝めます。




キャサリン・ハウ『ホワット・ア・ビューティフル・プレイス』(71)




イギリスの女性シンガーの中でも、特に美しいジャケット。
 
麗らかな沼のほとりに佇む女性。田園でありながら、どこか天国的な、夢の花園のような肌合いがあります。
 
本人による朗読と、伸びやかな歌声、幻想的なオーケストレーションによる、たおやかな秀作です。




フリートウッド・マック『ベア・ツリー』(72)




 
メンバーチェンジを頻繁に繰り返し、大ヒットした『噂』では、清涼感あるアメリカン・ロックバンドになっていましたが、元々はイギリスのフォーク・ロックバンド。その初期の佳作。
 
ジャケットの全て溶け込んだような曇り空と木々が、異界のような幽玄な空気を醸しています。内容は、親しみやすいブルース色のあるロックアルバム。ただ、最後は詩の朗読で締めるあたり、英国的な香りもあります。




ベイルート『フライング・カップ・クラブ』(2007)




最後は、ちょっと趣向を変えて、既存の写真を使った、ノスタルジックなジャケット。おそらく1910~20年代の、どこかのヨーロッパの避暑地の写真。
 
どこかの誰と特定できないような、休暇中の人々を捉えているのが、強烈なノスタルジアを誘います。
 
ベイルートは、元々はザック・コンドンというサンタフェ出身のアメリカ人の青年が、フェリーニの映画や、ユーゴ内戦を描いたエミール・クストリッツァの名作『アンダーグラウンド』を見て、バルカン半島のブラスミュージックに影響を受けて始めたバンドです。
 
基本的にはどのアルバムも、バルカン・ブラスの哀愁と、シャンソンの香気、ジャズやエレクトロニカを混ぜて、ザックの愁いを帯びた良く伸びる歌声が乗る、ミクスチャー化されたワールド・ミュージックです。
 
そこにフェイクの香りはなく、様々な要素を混ぜ合わせて、無国籍なノスタルジアを感じさせるという意味で、大好きなバンドです。このアルバムのジャケットからイメージできる音楽と言って良いでしょう。





どことも特定できない、遠い場所を想起させるジャケットを並べてきました。
 
ロック音楽は、どんどん音楽的なフォーマットを拡張していくにつれ、一言で、「どこのいつの時代の音楽」と説明できないような、ある種のエキゾチズムを纏うようになってきました。
 
と同時にアルバムのジャケットも進化し、「音を眺める」役割も出てきます。
 
私は、音楽や物語というのは、決して音や文字だけではできていないと思っています。
 
そこにヴィジュアルが伴ったりして、イメージが加わることで、様々な香りと異空間が交錯する、風通しのいい芸術になります。
 
それは、私たちを、今と違う、幻想的な遠い異国の場所にいつでも連れていってくれる。

そんな20世紀のロックアルバムの持つ、美しい側面の一つが、これらのアルバムです。是非、音楽とヴィジュアルの両方を楽しんでいただければと思います。



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイでまたお会いしましょう。


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