世界を重ねて運命を選ぶ -CLAMP展の楽しさを巡る随想
国立新美術館で開催中の『CLAMP展』に行ってきました(9/23まで)。
『カードキャプターさくら』や『魔法騎士レイアース』等で有名な、この漫画家創作集団のデビュー35周年を記念する展示。
カラー原画や漫画原稿等が並んで、素晴らしい空間が広がっており、ファンなら絶対に楽しめる展示になっていました。
私は彼女たちの全作品を読んでいるわけではないけれど、改めて面白い漫画家だと思いましたし、大変刺激を受けました。
CLAMPは、大川七瀬、いがらし寒月、猫井椿、もこな、の4人からなる漫画家集団。初期には他の作家も在籍し、現在は名義が変わっている作品もあるようです。現在は大川氏が主にストーリーを担当し、他の三人が(アシスタントを使わず)作画を担当している体制とのこと。
1989年にデビューし、『東京BABYLON』、『X』等ヒットを飛ばし、1993年の『魔法騎士レイアース』はアニメ化もされ大ヒット。
そして、こちらもアニメ化された1996年の『カードキャプターさくら』で不動の地位を確立。2003年には、『ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-』と『XXXHOLiC』を別雑誌で同時連載し、世界観をリンクさせるという驚異的な試みをしています。
その他、アニメ『コードギアス反逆のルルーシュ』のキャラクターデザイン等、漫画にとどまらない活動を繰り広げています。
CLAMPの作品には、依頼を解決する一話完結型のパターンがよく見られます。
町にばらまかれたクロウカードを集める、『カードキャプターさくら』、「願いをかなえる店」に毎回依頼が来る『XXXHOLiC』。
こちらも依頼された事件を主人公たちが解決していく、初期の『東京BABYLON』や『CLAMP学園探偵団』等。旅をして違う国に向かい、都度依頼が舞い込む『ツバサ』のパターンもあります。
『ドラえもん』や『ブラックジャック』でお馴染みの王道方式ですが、この依頼→解決の方式が段々とゆらいでうねりだし、世界をはみ出していくのが、CLAMP作品の面白さと言えます。
そのゆらぎで描かれるのは、善と悪を超えた、業のような繋がりというか、絆としか言えない、強い因縁です。
『魔法騎士レイアース』の、エメロード姫とザガート、『ツバサ』のサクラと小狼等。
依頼をこなして、一つ一つ何かを積み上げれば、全て解決する世界のように見えて、その裏には、そんな主人公たちの力の及ばない、どす黒い因縁が渦巻いている。そしてある時それは露呈する。
それでも、今までしたことは無意味ではない。依頼をこなすことで芽生える「絆」が、その因縁に立ち向かう勇気を与えてくれる。
そして、その勇気によって、ものごとの関係性は変わって、次の世界が創られていく。そんな物語です。
こうした、冒険ファンタジーの王道フォーマットに沿いつつ、そこに激烈な熱量が籠っているのが、CLAMPの魅力です。
CLAMPの作品の特徴を一言で表すなら「インサート(insert)」だと思っています。
漫画のコマ割りでよく、全体の立ち絵の中に、細かい表情のカットや、台詞が「インサート」される、あるいは、ポーズのばっちり決まった一枚絵が「挿入」される。
そのインサートの間合いが独特なのは、改めて今回の様々な複製原稿を見て感じました。いい意味で、ぎくしゃくしている漫画家だと思っています。
少女漫画の王道の、物語を遠心的に遅滞させる独白形式(『ガラスの仮面』は、そのとんでもない成果でしょう)からすると、余白が少なすぎて、余韻に浸りにくい。
実は少年漫画的な漫画家に見えるのですが、少年漫画の効率よい語りからすると、無駄なカットが多い。
どっちつかずなところを、圧倒的な一枚絵の画力と、描き込みの迫力で、自分たちの作風に仕上げています。余白でも、運動の繋がりでもなく、あらゆる線を挿入して画面を埋め尽くすことで、世界が活気づいていきます。
それは、物語の進行も同じです。
依頼と解決だけでは見えてこなかった世界が、日常に「挿入」されていく。
その感触は「侵入(invade)」ではなく、あくまで上に積み重なって、色が重なっていく感じ。水に浸されて染まるのではなく、風が吹き荒れて、砂が降り積もって風景が変わるイメージです。
その「インサート」が頂点に達したのが、『ツバサ』でしょう。
いわゆる「スターシステム」、過去の別作品の同じ顔や名前のキャラが登場して、繰り広げる冒険譚。
違う国、別時空の世界、かつて見たことがあるような人がどんどん挿入され、物語と因縁で、画面が飽和状態になっていく、まさに極限の作品。「別作品のキャラと顔が似ている」というスターシステムそのものをも、物語の軸に取り込んでしまっています。
2003年~2009年まで、週刊誌で連載されていたことが、改めて信じられない傑作だと思っています。
個人的に一番好きなのは、その同時期に連載され世界観がリンクしていた『XXXHOLiC』です。
『ツバサ』が、洋風ファンタジーの外観で画面を飽和して、あらゆる場所を移動していたとすれば、こちらは逆に、東洋的、オリエンタルなテイストで、ひとつの店の中で繰り広げられる話。
過剰なまでの描き込みは扉絵や一枚絵に集中し、本編は黒塗りを多用した、CLAMP作品では例外的に空白の多い、静謐な進行になっています。
その無時間な静けさが心地よい。おそらくは、『ツバサ』と対照的になるように、最初から構想していたのでしょう。そして、その分、一枚絵はより美麗なものになりました。
そういえば、どこだかは忘れましたが、漫画家の荒木飛呂彦との対談で、「ミュシャが好きで影響を受けている」と語っていたこともあったはず。
ミュシャ的な、画面を埋め尽くすオリエンタルなエネルギーとも共振し、艶やかで妖しい雰囲気をまとう、真に独自の漫画に昇華されています。
そして、35年も彼女たちが続けてきたことに改めて驚きを覚えます。
様々な原稿による場面の断片や、暗闇で流れるインスタレーション等、その物語の断片を見ているだけで、台詞や自分にとって大切な場面が蘇ってきます。
全作品を追っているわけでない私ですらそうなるのですから、熱心なファンの方は、もっと多くの思い出が溢れてくることでしょう。
隠された因縁や、別世界の欠片によって、ほかの世界と繋がり、偶然が必然となるCLAMPの世界はまた、多くの読者の中に、その世界の破片を忍ばせてくれます。
そして、あなたが生きていることは、決して偶然ではない、絶対大丈夫だよと、力強く後押ししてくれる。
私たちが生きている世界とは現実だけではない。フィクションはまた、私たちを変えてくれるもう一つの世界であり、独自の美しさと熱を持つCLAMPの世界は、多くの人々の現実と繋がって、今後も輝き続けるのでしょう。
最後に、余談を。
展示の最後の方に、おみくじ方式で、CLAMP作品の台詞のシールが引ける部屋がありました。そのシールを壁に貼っていくという、まさに神社のおみくじ式の部屋。
私が引いたのは『XXXHOLiC』のヒロイン、侑子の台詞でした。こんな言葉です。
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。
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